第144話 斬鬼
巨大な木が乱立し、翼竜たちが飛び回る異常な光景の中で、アルビノの男が口を開く。
その口調には苛立ちが滲んでいた。
「あーあー。『爆弾魔』のヤツ速過ぎだろ」
その視線の先には、高速で森の奥に消えていく黒い影がある。男が足止めしたかった敵だ。
翼竜1頭を差し向けたが鎧袖一触に蹴散らされ、それは叶わなかった。
「しょうがねえ。ヴァイス、何頭か追いかけさせろ」
「ゴアア」
白い男の声に、同じく白い翼竜が応える。1人と1頭には確かな繋がりがあった。それは男の『統魔』の力の効果だ。
男は空を埋め尽くすほどの翼竜たちを、ただ1人で従えている訳ではなかった。相手が強大であるほどに、『統魔』の魔術は難易度を増す。
故に男が操るのは、群れの長である白い翼竜のみであった。他の翼竜たちを統べる存在を支配することで、男はこの光景を生み出していたのだ。
白い翼竜の呼び声に応えて、3頭の若い翼竜がその翼を広げる。そして、その翼が魔力によって風を纏おうとしたそのとき、森に光る線が走った。
自身の体を通過した光の線に、3頭の翼竜は不思議そうな様子を見せる。そして、次の瞬間にその肉体が
強靭なはずの鱗が切り裂かれ、首が落ちる。自身に何が起きたかも理解しないまま、3頭の飛竜は地に沈んだ。湿った落下音が響く。
そして、それを成した者は、飛竜に囲まれた状態で平然と声を上げた。
「おいおい、俺を無視すんなよ。まだまだ足りねえぞ?」
赤い男が血溜まりに立つ。尊大に笑みを浮かべ、小さな身で周囲を威圧する。その姿に白い男は舌打ちをする。
「チッ。ヴァイス!」
「ガア!!」
長の声により、上空を飛んでいた翼竜たちが次々と降下して来る。その重量で敵を押し潰さんと、矮小な人に迫っていく。
視界を埋め尽くすほどの翼竜たち。その絶望的な光景に、しかし赤い男は笑みで応える。
「ははっ!!いいぜ!!これなら我慢しなくて良さそうだ!!」
言葉と同時に魔力が渦を巻く。規格外れな魔力が溢れ出し、男の周囲を歪めるほどに顕現する。
「はははは!!」
切れる。男に迫った翼竜が空中で2つに分かれた。
「ははははははは!!」
切れる。幾通りもの光の線が空に走る。その度に翼竜たちが堕ちて行く。
翼竜たちが飛び回る危険地帯の中心で、赤い強者が歓喜に笑う。
だが、翼竜の数は多い。同胞の仇を討たんと、怒りを浮かべて男に挑む。翼竜たちがいくつもの波となって強襲する。
より激しさを増す戦場に、男はさらに唇を吊り上げた。
「ははははは!!『精霊よ。全てを切裂け』!!」
世界が切れる。翼竜たちを巻き込んで、無数の斬撃が空を走る。
意思一つで魔術を行使する精霊使いの詠唱。その言霊に、精霊たちが荒れ狂う。
翼竜の強靭な鱗も、肉も骨も、その強度に意味はなく、空間すら切り裂いて、致死の斬撃が全てを分かつ。
「くははははは!!」
切る。斬る。空を舞う血煙すら切裂いて、赤い強者が哄笑する。
強大なはずの翼竜が、一瞬でその命を失っていく。その尋常ではない光景に、白い男は顔を歪める。
「くそっ。化け物かよ。『斬鬼』め……」
翼竜の群れという強大な戦力が、たった1人に釘付けにされている状況に男は歯噛みする。
これは男の切り札だった。普通の相手であれば、難なく勝利を収めることができるほどの力だった。
それが今、目の前で削れていく。森は血に染まり、地面は翼竜の死体で埋まっていく。そして、『斬鬼』に疲労の色は見られない。
このままでは、いずれ翼竜は全て狩られてしまうだろう。
「チッ。ヴァイス!撤退だ!」
判断は迅速だった。不利を悟れば即座に逃げる。それは生き延びるための正解ではあった。だが。
「っ!!防げ!!」
斬鬼の赤い目が動く。戦いから逃れようとする者を睨む。次の瞬間、不可避の斬撃が飛んできた。
「―――『守りよ!』」
反応したのはフードの人物。組織の長であるバイサーの護衛。白蛇の信頼する最後の盾だ。
精霊が願いに応じる。魔力を代償に、白い翼竜すら覆うほどの結界が出現する。
しかし、幾度となくバイサーを救ってきたその守りは、残念ながら今回は無意味だった。
抵抗もなく結界を切り裂いて斬撃が飛ぶ。だが、それはただの警告だ。白い翼竜の頭の上を通過した斬撃が、背後の巨木を両断する。
巨大な幹がズレていく。その光景に、バイサーも動きを止めた。そこに愉悦の混じる声が届く。
「ははは!逃げんなよ!後で相手をしてやるからよお!」
翼竜の群れを切り裂きながらの発言に、ついで扱いされる状況に、バイサーが歯をむき出しにして唸る。
「『斬鬼』が……!」
『斬鬼』の綽名は蔑称。強すぎるが故に、人から外れた強さを持つ故に、その名に含まれる鬼の文字。他者からの畏れの象徴。
だが、それでも構わないと、むしろ相応しいと、自ら名乗る強者が笑う。
「ははははは!!もっと来いよ!!」
血に濡れる森の中で、戦いを求める赤い鬼が笑い続ける。
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