第58話 ササミの棒棒鶏

 夏だ。空は雲一つない完璧な快晴。太陽光が容赦なく降り注ぎ、植物たちは活発に光合成をしている。庭の雑草の青い匂いが鼻を突いて不快だ。


「……暑いなあ、タロー」


「わふぅ……」


 あっちい。今日は暑い上に無風だ。日陰にいても汗が垂れて来る。魔道具作りにも集中できない。勘弁して欲しい。


 冷房の魔道具を起動するか悩む。あっちの世界の電気の様に気楽に使えるほど、こっちの魔石は安くないのである。

 普通の人なら自分の魔力で魔道具を使えるが、生憎オレは純地球産。魔道具を使うには、燃料用の魔石を消費するしかない。

 金は大事な手札だ。必要な出費なら許容するが、普段は節約しなければならない。


「……仕事は止めだな。水浴びすっか、タロー」


「わふ!」


 こんな状況じゃ、頭は回らん。気分転換だ。


 ゴロゴロと、洗濯にも使う大きなタライを倉庫から出してくる。それを庭の日陰になっている場所に設置して、水を注いでいく。桶で。手動だ。


「わふふうん」


 少し水が溜まったタライの中でさっそくタローが遊んでいる。


「タロー、お前大きくなったら、力仕事手伝えよ」


「わふ!」


 水入りの桶、マジで重いわ。全身汗だくだ。早く水を浴びたい。


「……あ~、終わった~。あっちい~」


 ようやく、満足する水位になった。本当に疲れた。さっさと入ろう。


 服を脱ぎ、下穿きのみの姿になって、タライの水に足を突っ込む。


「あ~~、ちょっとぬるめ。でも、ちょうどいいな」


 タローに避けてもらってタライの中に座り込み。桶に汲んだ水を頭からかぶる。


「ふ~、涼しい。タローもやるか?」


「わふ!」


 タローにも水をかけてやる。感じる不快感はかなりマシになった。この前みたいに、寒すぎるのもあれだが、暑いのも大変だな。


「ぶふっ、ちょっとタロー水飛ばすなよ!」


 タローが体を震わせて飛ばしてきた水を、手でガードする。


 ああ、平和だなあ。




 太陽が傾いてきて、気温も少し下がった。そろそろタライから出るか。


「今日は何を食べるかね」


「わふ?」


「まだ暑いからな。今日はさっぱりしたものにしようか」


 鶏のささみの部分がまだ残っていたはずだ。それを使おう。


 ちょっと買い物に行くか。





 という訳で、行って来ました。お買い物。


 市場の熱気がやばかったな。氷屋が大繁盛だった。この時期は氷使いの稼ぎ時だからな。飛ぶように売れるだろう。

 後で、家の冷蔵室の氷も補充してもらわないと。


 買ってきたのは、キュウリとトマト。夏の野菜が並ぶ市場は、とても鮮やかだった。


 購入した野菜だが、トマトはともかく、キュウリがでかい。赤ん坊サイズ?抱ける。


 日本みたいな細いキュウリ売ってないんだよなあ。夏場はキュウリの漬物が食べたいものだが。あの皮のパキッとした食感がいいよね。キュウリの漬物とおにぎりがあれば、夏は余裕。

 こっちのキュウリだと、大きすぎて漬物にしにくいなあ。育ち切る前のキュウリ売ってもらえるか、後で交渉しよう。


 さて、料理を始めるか。レッツ、クッキングー。


 最初はささみだな。ささみを鍋に入れて茹でる。元の鶏のサイズがサイズなので、ささみも大きい。火が通りやすいように、切り分けて鍋に入れた。


 ササミの色が、すぐに白く変わっていく。温度はあまり高くなくていいな。


 茹でたササミを取り出し、身をほぐしていく。火が通ったササミは手で簡単にほどけていく。普通に熱いけど。ゆで汁はスープにでも流用しよう。


 ほぐした身は冷ましておいて、野菜を切るか。


 野菜は水で洗って、キュウリは千切り。トマトは輪切り。使いきれないキュウリは、小腹が空いたら味噌つけて食うか。だいぶ汗かいたしな。塩分の補給も大事。


 最後にタレ作り。


「え~と、ゴマ、ゴマ」


 あった。軽く一掴みしたゴマをすり鉢に入れて軽くする。そこに醤油と酢、砂糖、ゴマ油、すりおろした生姜を入れて混ぜるだけ。完成。


 キュウリとトマトを皿に盛り、その上にほぐしたササミを乗せる。その上からタレをかければ出来上がり。


 ササミの棒棒鶏バンバンジー~。


 ということで、今日の夕食はササミの棒棒鶏とパンにスープ。うん。簡単でさっぱりだな。


「タロー、飯だぞー」


「わふ!」


「お前の分は薄味な」


 尻尾を勢い良く振るタローにも出してやる。


 さて、オレも食べるか。いただきます。


「うん。いくらでも食えるな」


 脂のないササミだが、その分鶏肉の味が良く分かる。しっとりとしたササミと、醤油とゴマが香るタレの相性もとてもいい。

 キュウリとトマトの水分も、今日1日汗をかいた体には、とてもうれしく感じる。キュウリの歯ごたえも素敵だ。トマトの甘さも体に染みる。


 あっという間に食べ終わってしまった。


「ふう。ごちそうさまでした」


「わふ」


 タローも食べ終わったようだ。


「タロー、美味かったか?」


「わふ!」


「お米が見つかったら、もっと美味いものが食えるからな。はやく大きくなって、探すの協力しろよ?」


「わふう!」


 オレの得意料理は、本来、お米に合うおかずと丼ものだ。現状では本領発揮できない。お米が見つかってからが本番だ。


「そのためにも、オレは明日から仕事だな」


 伝手の構築と、情報のためのお金稼ぎ。1人じゃ探すのは限界だから。


 お米のために、頑張って魔道具を作るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る