第56話 昔話 2人の王と天秤の悪魔

 少し久しぶりだが、孤児院に来ている。お肉のお裾分けだ。あれだ、唐揚げになった金王冠黒鶏。レックスにもらった鶏の肉が大量に余っていたのだが、二刀鹿の肉も追加になったので、家の冷蔵室が満杯になってしまったのだ。


 オレとタローだけで消費するのは無理だ。干し肉にするにしても多すぎる。


 という訳で荷車に山盛りに積んで孤児院に来た。


 「すげー!すげー!すげー!」

 「おにくー!!」

 「おおー!おおー!」


 子供達はとても喜んでいるようだ。当然だが、肉よりイモや豆の方が安いからな。孤児院の運営費上、食事に肉がたっぷり入ることはほぼない。


 成長期の体に質素な食事はきついものだ。子供の頃は不思議なくらいお腹が空くし、体は必要な栄養を強く求める。

 オレも成長期に、晩飯のおかずが家の畑でとれたサツマイモの天ぷらオンリーだったときは、悲しくなったものだ。タンパク質が足りねえよ、タンパク質が。


 「コーサクくん、いつも悪いわね。助かるわ。ありがとう。あなたたちもお礼なさい」


 「「「「ありがとうございます!」」」」


 「どういたしましてー」


 アリシアさんと子供達にお礼を言われた。さて、テンションの上がった子供達はタローに任せよう。


 「よし、タロー。遊んで来い」


 「わふ!」


 子供達の輪の中にタローを送り込む。これで平和だ。今まで、孤児院に来るたびに身体強化で魔石を消費するのが、地味につらかったんだよな。けっこうな出費だった。


 さて、肉運ぶのでも手伝うか……。


 くいくい


 「ん?」


 袖を引かれた。


 「ん」


 「え~と、ミリアか。どうかしたか?」


 下を見ると、そこにいたのは、まだ小さな女の子。ミリアだ。確かこの孤児院で一番の新顔だったはず。来たのは数か月前だったか。


 「……おはなしよんで?」


 お話。ミリアは走り回るのが好きじゃないんだったか。持ってきた肉の運搬を手伝おうかと思ったが……まあ、いいか。どうせオレは大して役に立たん。


 「いいぞ。どれを読んで欲しいんだ?」


 かがんで、目線を合わせて聞いてみる。


 「これ」


 ミリアが指したのは……「2人の王と天秤の悪魔」か。あまり楽しい話ではないんだが。読みたいというなら読むか。


 「いいぞ。そこに座ってな」


 さて、昔話の始まり始まり~。





 あるところに光の国と闇の国という2つの国がありました。


 2つの国は争いもなく、長年平和に交流しています。


 2つの国には同じ歳の王子がいました。2人は幼いころから仲が良く。兄弟のように成長しました。


 やがて2人の王子は王になり、后を迎えます。互いの王も后も、とても仲が良く。国中で祝福されました。

 そして2人の王は、自らの民に互いの友好を誓いました。


光国王「我が光の国は、闇の国との永遠の友好を、ここに誓う!」


闇国王「我が闇の国は、光の国との永遠の友好を、ここに誓う!」


国民「「「ばんざーい!ばんざーい!両国の友好に!王様に!后様に!ばんざーい!」」」


 時が過ぎ、2人の后が同じ時期に子を宿しました。


光国王「私の后は、とても美しく聡明だ。産まれる子も、それを引き継ぐことだろう。この大陸で最も優秀になるに違いない」


闇国王「いやいや、1番は私たちの子だ。私の妻はとても可愛らしく慈悲深い。産まれる子は大陸で最も多くの才を持つだろう」


光国王「はっはっはっは」


闇国王「ふはははは」


 2人の王は明るい未来に思いを馳せます。ですが、平和で希望に満ちた2つの国に脅威が訪れました。


 謎の病が国を襲ったのです。


 日が経つごとに民は病に侵され、国は蝕まれていきました。


 そしてついに、2人の后までもが病に倒れてしまいます。


~ 光の国 ~


光国王「ああ、ああ。我が后よ。私を置いていかないでくれ!私と、子と共にこの国で生きてくれ!」


光国后「我が王。私たちの王よ。あなたなら大丈夫。私がいなくても、あなたなら出来るはず。どうかこの国を救って……」


光国王「ああ、ああ、あああああああ!」


 光の国の后は亡くなり、王は悲しみにくれました。ですが、光の国の王は再び顔を上げました。


光国王「……私は王だ。我が后よ。君の言う通り、私は王だ。その責務を果たそう」


 光の国の王は城の宝物庫へ向かいました。そこで手にしたのは3つの宝玉。この国に古くから伝わる、願いを叶えてくれる“悪魔”を呼び出すことができる秘宝です。


 3つの宝玉を組み合わせ、光の国の王は悪魔を呼びます。


光国王「天秤の悪魔よ。我が前に姿を現せ」


 光と闇が形を成し、悪魔が現れました。


悪魔『やあ。僕を呼んだのは君かい?』


光国王「ああ、私だ。私の願いを聞いてくれ。この国を蝕む病を消して欲しい」


悪魔『いいよ。だけど、願いには代償が必要だ。天秤が釣り合わない願いは叶えられないね』


光国王「……代償はなんだ?」


悪魔『そうだなあ。君の死んだ后をもらおうか。丸ごとね。それでこの国の病を消してあげる』


光国王「っなんだと!我が后を渡すことなど出来るものか!!」


悪魔『ふふ。だったら病を諦めることだね。死人1人と民の命、君の天秤はどちらに傾く?』


光国王「ぐう、うう……ぐうう!」


 光の国の王は、后の言葉を思い出します。この国を救って、と后は言いました。


光国王「……いいだろう。私はこの国の王だ。私は王なのだ!この国を救ってみせよう!」


悪魔『ははっ、いいね。天秤は釣り合った。君の望みを叶えよう』


 悪魔の言葉と同時に、后は消え、光の国から病はなくなりました。光の国は平穏を取り戻したのです。


光国王「我が后よ。すまない……!」


 后の消えた部屋で、王は泣きながらも毅然と立ちました。


 光の国の王は、人であり、夫である前に王でした。




~ 闇の国 ~


闇国王「おお、おお。我が妻よ。私を置いていかないでくれ!君がいなければ、私はどうすればいい!?」


闇国后「私の王様。私たちの王様。あなたなら大丈夫よ。私がいなくても、あなたなら、きっとできるわ。どうかこの国を救って……」


闇国王「おお、おお、おおおおおおお!」


 闇の国の后は亡くなり、王は悲しみにくれました。ですが、闇の国の王は再び顔を上げました。


闇国王「……私は王だ。我が妻よ。だが、私は君がいない世界に耐えられない」


 闇の国の王は城の宝物庫へ向かいました。そこで手にしたのは3つの宝玉。この国に古くから伝わる、願いを叶えてくれる“悪魔”を呼び出すことができる秘宝です。


 3つの宝玉を組み合わせ、闇の国の王は悪魔を呼びます。


闇国王「天秤の悪魔よ。我が前に姿を現せ」


 闇と光が形を成し、悪魔が現れました。


悪魔『やあ。僕を呼んだのは君かい?』


闇国王「ああ、私だ。私の願いを聞いてくれ。私の妻を生き返らせて欲しい」


悪魔『いいよ。だけど、願いには代償が必要だ。天秤が釣り合わない願いは叶えられないね』


闇国王「……代償はなんだ?」


悪魔『そうだなあ。君の国の民、全ての命をもらおうか。丸ごとね。それで彼女を生き返らせてあげる』


闇国王「っ我が民全ての命だと……!できる、ものか!」


悪魔『ふふ。だったら彼女を諦めることだね。民の命と死人1人、君の天秤はどちらに傾く?』


闇国王「ぐう、うう……ぐうう!」


 闇の国の王は、妻の言葉を思い出します。この国を救って、と妻は言いました。ですが。


闇国王「……いいだろう。私はこの国の王だ。だが、我が妻のいない世界に意味などない!」


悪魔『ははっ、いいね。天秤は釣り合った。君の望みを叶えよう』


 悪魔の言葉と同時に、闇の国の民は死に絶えました。そして后が起き上がります。


 闇の国の王は、王である前に、人であり、夫でした。


闇国王「おお、おお!我が妻よ!我が愛しの君よ!君にまた会えて、良かった……!!」


 闇の国の王は、起き上がった后を抱きしめます。その冷たい体を抱きしめます。


闇国后「……私の王様。あなた、私の願いを無視してしまったのね?」


闇国王「国はまた立て直す!君がいなければ意味がないんだ」


闇国后「そう……ねえ、あなた。私、寒いわ」


闇国王「っそうか!今すぐ暖炉に火を入れよう!待っていてくれ!」


闇国后「いいえ。いいえ……それじゃあ足りないわ。あなたをちょうだい……?」


 后が、王を強く、きつく抱きしめ、その首元に噛み付きました。


闇国王「ぐっ、が……あ、が……」


闇国后「ふう……。ごめんなさいね?あなた。私、寒くて寒くてたまらなかったの」


 后に魂を吸い取られた王が倒れ伏します。その体に、もう生命はありません。


闇国后「ふふふ。ようやく少しだけ、温かくなったわ」


 王の魂を吸収し、世界に定着した后の元に精霊達が集います。


精霊「我は精霊、死霊の精霊。輪廻を乱す貴様の生は、世界を侵し、我は新たに生を得た。我が呪詛を汝に捧げん」


闇国后「あら?あらあら?ふふ、よろしくね?せっかくだわ。私1人では寂しいの。皆も起こしてくれるかしら?」


精霊「御意」


 后の言葉で“死霊”の精霊が国中に広がっていきます。そして、倒れていた民が起き上がり始めました。ですが、その目に意思はなく。その体に魂はありません。


 こうして、闇の国から生きた民はいなくなりました。闇の国は死霊の瘴気に沈んだのです。





 めでたしめでたしって言えねえんだよなあ、この話。後味が悪い。


 「はい、お終い。ミリア、これ面白かったか?」


 「うん……おもしろかった」


 「ならいいけど」


 中々独創的な感性だな。


 この話の教訓は簡単だ。『人が生き返ることを望んではいけない』それだけだ。

 なんせこの世界には、死霊の精霊によって起き上がった元人間達が本当にいる。死者を想う強い願いは、死霊の精霊を呼び寄せる。

 起き上がったものは、もう本人ではないのに。それでも時に人は願ってしまうのだ。


 「ねえ、しんだ人を生きかえらせるのは、わるいことなの?」


 ミリアがオレに聞いてくる。その銀色の髪に挿した髪飾りの位置を直してやりながら、返答を考える。まあ、答えは決まっているんだけど。


 「ああ、それはいけないことなんだ。生き返った人は、もうその人じゃないんだ。一緒に話すことも、食べることも、寝ることも出来ない。それどころか、自分の大切なものさえ、傷付けてしまうようになる。だから、どんなに悲しくても、どんなに泣きたくても、死んだ人は眠らせないといけないんだ」


 「……うん」


 「人は死んだら、世界に還って精霊になるんだ。そしてまたいつか、人になって生まれる。アリシアさんに教えてもらっただろ?」


 「うん、きいた。……ミリアのパパと、ママも精霊になった?」


 「……ああ、きっと近くでミリアのことを見てるさ。だからちゃんと食べて、ちゃんと遊んで、元気な姿を見せないとな?」


 「うん……わかった」


 そう言って、庭を走り回る他の子供達のところに行くミリアを見送る。

 この世界の人々は頑丈だが、それでも死は近い。魔物によって、あるいは龍種による災害で、様々な要因で人は簡単に死んでしまう。


 死んだら精霊になるというのは、この世界で信じられている死生観だ。確かめる術などないが、死んだ後に、精霊となって残した者を助けることができるなら、それは救われる話だと思う。


 ああ、でもその場合、オレは死んだらどこに行くのだろうか。

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