第3話 出発準備
この大陸において人の生活範囲は広くはなく、その外は魔物の領域となっている。
だが、魔物の領域で魔石を始めとする魔物の素材や鉱物、植物を採取しなければ人々は生活できないのだ。
正規の軍隊は人の生活圏を守るために、定期的な魔物の討伐や魔物の侵攻時の防衛力として使用されるため、素材の採取や個人の護衛などには軽々と動かすことはできない。
そこで生まれたのが、少人数で魔物の領域で探索、素材採取、護衛を行うことができる冒険者だ。
そして、冒険者を取りまとめ、依頼を斡旋し、魔物の素材や情報を管理する大陸にまたがる巨大組織が冒険者ギルドである。
ということで、現在オレは冒険者ギルド前に来ている。
魔物の侵攻時に最後の砦となる冒険者ギルドの見た目は、小さな要塞だ。石造りの建物はとても頑丈そうで、この時間は開いている玄関と搬出入口の扉は、オレでは動かせなさそうなほど分厚い。
中から聞こえる話し声と出入りする馬車の音で、相変わらず玄関前は騒がしい。
ギルドに入ると、中にいた冒険者達の視線がこちらを向く。日常的に命懸けで魔物の相手をする冒険者には、目つきが鋭く、人相の悪い者も多い。だいたいの視線はすぐに外れたが、一斉に見つめられるとかなりの圧を感じる。
その冒険者達のうち、まだオレを見ているヤツがいる。視線を向けるとギルドにいる冒険者の中でも大柄の男がいた。
オレと目が合うと、にやりと笑いこちらに歩いてくる。その顔は獲物を見つけて喜んでいるようにしか見えない。
2m以上ある身長とオレの倍は体重のありそうな筋肉ダルマな大男は、さらに顔を歪めてオレに話しかけてきた。
「おおっ!! 坊主!! 元気か!! 相変わらず細いが飯食っとんのか!! 今日は依頼か!! がっはっは!!」
真正面からの大音量と共にオレの肩目掛けて振り下ろされる手を、バックステップで慌てて避ける。
ゴウンっという音と共に腕が体の前を通過した。
「危ねえっ! だからゴルドン! オレの肩を叩こうとするのはやめろって言ってるだろ! あと依頼で来て元気だよおはよう!」
「がっはっは!! おお!! 悪いな!!」
謝りながらゴルドンの右手が上がったので、もう一歩後ろに下がった。
こっちの人々は無意識でも多少の身体強化を使用している。そんな状態でオレの脚より太い腕で肩を思いっきり叩かれたらどうなるか。
無事で済む訳がない。この間は肩が外れた。
「今は手が空いとるからの!! 魔物をやるなら受けるぞ!!」
「今回は護衛依頼だ! こっちから手を出す予定はねえよ!」
「おお!! そうか!! 護衛依頼といえば俺も若いころは受けとった!! あれは王国だったか、貴族の護衛をしとったら」
「オレは今から手続きだから長話してる暇はないの! それにその話は何回も聞いた!」
「そうだったか!! がっはっは!!」
「お二人とも、ギルド館内ではお静かにお願いします」
ゴルドンの大声に切り込むように届いた声に振り向くと、いつの間にかギルド職員のトールさんが立っていた。
ギルド職員の制服をきっちり着こなし微笑する姿はギルド職員のお手本のように見えるが、目が笑ってないし、全身からにじみ出る雰囲気が「俺の仕事の邪魔をするんじゃねえ」と雄弁に伝えてくる。
つまり今、かなり怒っていらっしゃる。
「すみません」「すまんのう」
とりあえず二人で速攻謝った。
「コーサク様は依頼の受付をいたしますので、こちらへどうぞ」
「はい。すみません」
ゴルドンと話していると、あのでかい笑い声でこちらの声がかき消されてしまうため、どうしても声を張らなければならない。
オレは騒ぎたかった訳ではないのだが、言い訳するとさらに冷たい目で見られそうなので黙ることにした。
トールさんに依頼者用の個室に案内され、手続きが始まった。
「先ほどのお話によると護衛依頼とのことでしたが、どちらまでですか?」
「ここから西に3日くらいの距離にあるクリフ村です」
「滞在日数はどのくらいでしょうか」
「2日か3日の予定です」
「出発はいつのご予定でしょうか」
「冒険者の都合が付くなら明日にでも」
「分かりました。明日出発の場合、空いている冒険者のグループは『赤い牙』『草原の風』『黄金の鐘』の3つですが、ご希望はありますか?」
「『黄金の鐘』でお願いします」
「『黄金の鐘』はそろそろ依頼から戻ってくると思われます」
「はい。こっちからも依頼内容を話しておきます」
全冒険者のスケジュール把握してるっぽいトールさん超優秀。
「あ、あと、護衛中の食事と馬車はいつもどおりこちら持ちでお願いします」
「かしこまりました。他に何かございますか?」
「えーと。この依頼とは関係ないですけど、レックスってどこに行ってるか分かります?」
「現在、紅甲亀の討伐で遠征しています。10日ほどで戻るかと」
「そうですか。ありがとうございます」
後の手続きをトールさんにお願いして退室した。明日からの出発となるとオレの方でも準備を急ぐ必要がある。
その前に『黄金の鐘』に問題がないか確認したい。トールさんが「そろそろ」って言ったってことはそろそろのはずなんだが。
と思っていたら、ギルドの玄関から見覚えのある『黄金の鐘』のメンバーが入ってきた。
トールさん実は未来予知とかできるんじゃないか?
とりあえず声を掛けにいくことにした。
ギルドに来たのは『黄金の鐘』でリーダーをしているグレイだった。護衛依頼の内容を伝えると快諾してもらえた。
「いいですよ。コーサクさんが飯を用意してくれるなら、あいつらも喜びますし」
グレイが依頼の受領手続きを終えたのを確認し、明日の朝、家に来てもらうよう伝えて別れた。
これから依頼中の食材と消耗品を買い込みにいかなければならない。
3日後にはお米に会える可能性があるのだ。オレは全力で準備を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます