第230話 閑話 ある才媛の愛

 愛とは何か。そんなことを、最近は良く考える。他の商人達からは“少女の皮を被った怪物”とまで言われる私だが、年頃らしい感性もあったようだ。

 論理的ではない自分の思考を追うのは、これはこれで面白くはある。


 そのことを心の中だけで笑いながら、届けられた報告書を読み進める。


 私のリューリック商会の歴史は古く。その根は各地に深く伸びている。構築された情報網は、商会の運営に欠かすことの出来ない要素だ。情報は武器であり、未来の闇を照らす光でもある。


 都市内外から届けられた情報は、商会の方針を決めるための判断材料だ。そして、その一部は私の娯楽でもある。

 情報の欠片を元に、遠い地の出来事を脳内で構築するのは私の趣味の一つだ。もちろん、実益を兼ねた作業でもあるが。


 今読んでいる報告書は、どちらかと言えば娯楽の面が強い。


 内容は、酒造を主産業とする、近傍の街での騒動について。その始まりから終わりまでを、現地の特派員が探ったものだ。

 解決に関与したと推測される人物には、良く知った名前が書かれている。


「コーサクさん……上手く解決したようね」


 名を呟けば、頬が笑みの形を作る。


 街の異常については早い段階から気が付いていた。それでも自ら手を出さなかったのは、私の商会が大き過ぎるからだ。街の存亡が懸かった事件を私が解決してしまった場合、貰わなければならない利益が多くなり過ぎる。

 それこそ、街そのものを吸収しなければならない程に。だが、そうした場合には様々な困難が予想される。解決できなくはないが、最終的には不利益となるだろう。


 だから、彼を街へと誘導した。


 目の前の喪失を見逃せない彼ならば、上手く立ち回るだろう、と。

 ……彼の活躍を見たかった、という心の動きも否定はしないが。


 結果的に言えば、その目論見は成功した。彼は事件を解決し、全てを丸く収めた。街の損害も許容範囲内だと推測できる。望みうる最上の結果と言ってもいい。


「ふふふふ」


 笑みに喉が鳴る。高揚に胸が高鳴る。


 愛とは何か。厳密な定義のないその答えの一つに、愛とは執着だというものがあった。


 執着が愛だとするならば、私は確かに彼を愛しているだろう。異質な彼が見せる行動に、私は強く心を惹かれている。


 自らの命を捨てても他者を救うような矛盾に満ちた行動を、不思議な発想から生まれる予想を超えた行動を、周囲を巻き込む熱量の輝きを、私はずっと追って来た。


「ええ、愛しているわ、コーサクさん」


 愛している。愛している。貴方の活躍をもっと私に見せて欲しい。想像を超えた結末を私に見せて欲しい。


 どこまでも、この世界で私と一緒に踊って欲しい。


「ふふっ」


 湧き上がる想いは求めばかりだ。自分の心に眠っていた強欲さが、おかしくてたまらない。


 私は彼を愛している。ああ、だけどこの感情はきっと、異性に向けるものではない。彼の生き方を近くで見たいとは思う。だけど、こちらを見て欲しいと言う欲は薄い。私を愛して欲しいとは思わない。


 彼が結婚したときに感じた痛みは、たぶん玩具を取られた子供のような嫉妬心だろう。私の愛は一方通行だ。彼の隣にいたい訳ではない。


 第一……彼は私を好んではいない。直接言葉を交わせばそれくらいは理解できる。彼の目には私に対する欲望がない。あるのは敬いと警戒、少しの信頼だけだ。


 私達は、お互いにお互いを求めていない。


 だから、私は今のままで構わない。たまに彼に干渉し、その活躍を観察できればいい。隣にいることが出来なくとも、この世界で一緒に踊ることはできる。


「ふふふふ。また遊びましょうね。コーサクさん」


 ええ、またいつか。


「大好きよ」

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