第43話 帝国への一手

 今日も相変わらず太陽は見えない。空一面を真っ白に染める雲が、朧気な光を垂らすだけだ。


「さて、今日はフルーツでも干すかね」


 氷龍が通過し、豚汁作って1日、寝過ごして2日、だだ甘な青春を見せられて3日、薬草取りとタローを拾って4日、『赤い牙』グレンさんに会って5日、そして今日は6日目。


 氷龍の影響は10日くらい残ると推測されているので、ようやく半分過ぎたとこか。


 まだ、空気は冷たく乾燥している。大気中の塵と水分が雪の結晶になって抜け落ちていった、純粋で乾燥した冬の匂いがする。


 この環境で何もしないのはもったいない。今日を含めて5日あると言うのなら。この機会にドライフルーツでも作ってしまおう。


 薄くスライスして軒先にカゴに入れて吊るしておけば、乾燥した風が水分を持って行ってくれるはずだ。


 家の乾燥室は、換気はしたがこの間の干し熊肉の大量生産で匂いが残っている。明らかに作り過ぎた。乾燥室に入ると燻製肉の美味しいそうな香りがちょっとする。

 燻製肉が香るドライフルーツはさすがに無いだろう。後で時間があるときに清掃しようと思う。


「な~に~で~、作ろうかな~」


「わふ!」


「ん?どうしたタロー?」


 ソファーの上で丸くなっていたタローが何かに反応した。家の玄関の方角を見ている。誰か来た?


 10秒後。


 ドンドンドンドンッ


「コーサクさーん!いるっすかー?」


 これはリックだな。それにしても。


「さすがだなタロー」


「わふ」


 狼なだけはある。さて、今度はなんの用事だ?




「おはようございますっす」


「おはよう、リック。また何かあった?」


 なんだろう?魔道具は予備も含めて作ったし、薬草も採取した。他に何かあるか?


「いえ、問題が起きたわけじゃないっす。うちの商会長が相談したいことがあるから孤児院に来てくれとのことっす。具体的な内容までは知らせれてないっす」


「ギルバートさんが、相談?」


 相談。相談?特に思い浮かばないな。まあ、行くか。


「あ、そうだリック。こっち、新しく住むことになったタロー。よろしく」


「うす、タローさん。よろしくっす。良い毛並みっすね」


「わふ!」


 何でタローにも敬語?


「じゃあ、孤児院まで行こうか。タローも行くよ」


「わふ!」


 オレの代わりに子供達の注意を引いてくれ。オレが子供達に集られたら仕事にならないからな。




 孤児院の中庭、オレの目の前で、子供達とタローが雪の上を走り回っている。


「まてまて~!」

「こっち~!」

「きゃ~!」

「わふ!」


 みんな元気だ。そしてオレは平和だ。かつて孤児院でここまで平和に過ごせたことがあっただろうか?いや、無い。


「で、ギルバートさんは?」


「ええと、さっきまでいたんですが、ちょっと呼ばれて母と一緒に出ていっちゃいました。すぐ戻るとは言ってましたけど。すみません」


「そっか。じゃあ待ってるから、気にしないで」


 答えてくれたのはイルシアだ。まあ、ギルバートさんも忙しいし、この状況だからな。しょうがない。


 さて、待つと言ったがどうするか。いつもなら、子供達の相手をしていれば時間なんてすぐ過ぎるのだが、子供達は今タローに夢中だ。イルシアもやることがあるらしく建物内に戻った。リックは配達の仕事ですぐに出掛けてしまっている。手元に暇を潰す物も無い。


 目の前にあるのは雪だけ。


「……久しぶりにやってみるか」


 オレは雪の積もった場所へ足を向けた。




 固めた雪を削って形を整え、今、最後の微調整が終わる。


「……出来た」


 目の前にあるのは雪像。タローを模して作った雪像だ。オレの腰ほどまである巨大なタローが出来上がった。


「ふう、我ながらいい仕事をした」


 元々タローは毛が白いからな。雪で作ったらそっくりだ。うむ、会心の出来。今にも動き出しそうな躍動感がある。愛らしさと両立させるのには少し苦労した。


「わあ~!」

「すご~い!」

「タローが2ひきいる~!」

「わふ!」


 子供達とタローからも称賛の声が上がる。


「ほお、中々いい出来じゃねえか」


 ん?子供ではない太い声。この声は。


「ギルバートさん?」


「おう」


 振り返るとそこにいたのはギルバートさん。氷龍対策で放って置かれていた髭はきれいに剃られている。これで顔の印象がマイルドに……あまりなってないな。相変わらず山賊の頭に見える。まあ、元に戻っただけだしな。


「こんにちは、いつからいたんです?」


「たった今だ。悪いな。こっちで呼んだのに放っておいて」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


 何度も言うけど、ギルバートさん激務だからね。しょうがないよ。


「それで、今日はどうしたんです?魔道具でも足りなくなりました?」


「いや、お前の意見が聞きたくてな」


「はあ」


 魔道具以外だと、オレはあまり役に立つことないと思うけど。まあ、聞くだけ聞いてみよう。


「都市の総意として、今回の唐突な氷龍飛来は帝国が余計なことをしたせいだと判断している。本来なら年単位であった準備期間が、たった7日しか無くなったからな。当然、この落とし前はつけるつもりだ。まずは帝国から今回余計に掛かった金を分捕る」


「はい」


 そりゃそうだよね。今回の件は帝国の明らかな失態だ。責任取ってもらうのも当然だろう。それにしても、ギルバートさんの顔で落とし前をつけるっていうと迫力あるなあ。


「この都市はコーサクの頑張りもあって、被害は非常に少ないと言っていいだろう。金と物資は放出したが人的被害はない」


「ええ、良かったです」


 みんな頑張ったからね。オレも倒れるかと思いました。


「今入って来ている情報でも、あちらさんの被害は大きいようだ。帝国にしてみれば、この都市の被害の少なさは驚きだろうよ」


「そうですか」


 まあ、4大貴族って言われているヤツですら、氷龍に敵わないって分からないんだからな。上が無能で上手く対策するのは無理だろ。


「今、帝国からはこの都市が大きく見えている。軽々と氷龍による災害を乗り切った存在としてな。そこで、だ。さらに駄目押しをしたいと思う」


「ほほう」


 何するんだろ?


「祭りだ。氷龍の飛来を、1人の犠牲も出さずに乗り切ったことを祝う名目で祭典を開く。この都市の力を見せつけてやる。災害を乗り越えてなお、祭りを盛大に開く余力があるとな!」


「ふへえ」


 ギルバートさんがいきいきしてる。楽しそうっすね。


「帝国への交渉は、氷龍の影響が無くなってから代表でカルロスに行ってもらうつもりだが、この祭りは交渉の席でカルロスの強力な武器になるだろうよ。それで、しばらく馬鹿な真似ができないくらいに帝国を弱らせる」


「すごいですね」


 さすが商人のトップ。国相手でも攻めるね。オレも帝国を弱らせるのは賛成だ。貴族の力が弱まれば、頭を出す平民もいるだろう。


「そこでコーサクには、雪を利用した出し物を知っているか相談したかったんだが……この雪像はいい出来だな。祭りで雪像を作るのもいいかもしれんな」


「ええ?」


 それなんて雪祭り?

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