TARGET5 新しい仲間
第23話 組織
「海音ー。ちょっと入っていいか?」
ドアの向こうから男の声がする。
「……うん、いいよ」
考え事をしていた海音はワンテンポ遅れて返事をする。
入ってきたのは海音の兄、
「兄さん」
「どうした? ご飯の時間にも来ないし……」
少しタレ目の目尻を更に下げ、心配そうな表情をする。
「……ううん。ちょっと考え事を……」
「セーラにも気づかずにか?」
「え?」
見ると、いつの間にか海音の足元にグレーのシャム猫が座っている。
「俺が来たとき、ずっと部屋のドアを引っ掻いてたぞ。それにも気づいてなかったのか?」
「……多分」
唯音はハァ……とため息をついた。
「……まあ、悩み事があるのは仕方ないけどな、一人で抱え込みすぎるなよ」
「うん。ありがとう」
海音はセーラを膝に乗せながら答えた。
「俺、父さんの代わりに会議に出なきゃいけないからもう行くな。ちゃんとご飯食べろよ」
唯音はそう言って部屋を出ていった。
「……ねえ、セーラ」
海音はセーラを撫でながら言った。
「これ、ほんとに言っていいと思う?」
セーラは、ただニャーと鳴いた。
「……言ったらさ、関係が壊れそうで怖いんだ……。多分、もうあんな感じに僕に接してくれる人なんて現れないから……」
セーラは鳴きもせず、海音の膝の上で丸くなった。
「……いいね、君達猫は。悩み事なんか、ないんだろうからね」
海音は皮肉っぽく言うと、窓の外を見た。陽光が差し込み、小鳥が鳴いている。
「……やっぱ、言ったほうがいいか。僕だって、このまま抱えてるの嫌だし」
海音は小さく、でもハッキリと言った。
しかし、その前に……。
「……セーラ、降りてくれない?」
セーラは膝の上で眠ってしまっていた。
「参ったな……」
海音は苦笑した。
小鳥が窓の前を横切っていき、影が一瞬部屋の床に写った。
怪盗Rはやめさせるべきだ――。
相賀はずっと考えていた。
先日のツインタワーでの一件。瑠奈は爆発に巻き込まれ、翔太がいなかったら死ぬところだった。翔太は爆発は組織じゃないかもしれないと言っていたが、相賀は組織の仕業だと睨んでいる。
しかし、どうしても不可解な点があった。
(なぜあいつらは、ターゲットを瑠奈に変更したのか……)
今まで組織が狙ってきたのは、相賀や翔太だ。直接瑠奈を狙ってきたことはない。
別に誰を狙ったわけでもない爆破だったにしても、おかしな話だ。
(そんなことをして奴らにどんな利点があるのか……。自分たちの存在を晒すようなものじゃないか……)
組織にとって、自分達の存在が感づかれるのはまずいはずだ。だからこそ、真夜中のビルなどに潜入して、自分達を襲っているはずだ。
その時、机に置いたスマホが震えた。
見ると、翔太から連絡が来ていた。
次の日、相賀がスケボーパークに行くと、ヘルメットを被ってプロテクターをつけた翔太がスケボーに乗り、パークの中を縦横無尽に走っていた。
スケボーのテールを踏み込んでジャンプし、階段の中央にある手すりに乗り上げて滑り降り、更にテールを踏んでジャンプし、スケボーを一回転させて着地する。
「翔太!」
声をかけると、翔太は振り向いた。相賀に気づくと、すぐにスケボーを蹴り上げてキャッチし、駆け寄ってくる。
「ごめん。休みなのに呼び出して」
「いや、構わないけど。それで、あの爆発の件だろ?」
「ああ」
側のベンチに腰掛けた翔太は頷いた。プロテクターを外しながら話し始める。
「この間、あれは組織の仕業じゃないって言ったよな? ちょっと補足」
「補足?」
相賀は素っ頓狂な声をあげた。
「例外がある。組織の誰かが、誰かをハメた場合だ」
「誰かをハメた?」
「多分組織は、君や石橋君に手を出したものはすぐに消すとしてるんだろう。けれど、誰かが誰かを騙して君達を爆発に巻き込み、それをもう一方のせいにした。これなら説明がつく」
「なるほど……。爆弾を仕掛ける理由は、お前を消すためだとでも言えばいいわけだな?」
相賀が納得すると、ヘルメットを膝に乗せた翔太は頷いた。
「ああ。奴らは僕を狙ってるからね。それで……君は、組織の構成をわかってる?」
「いや、全然出てこねえ。セキュリティがヤバイ」
「……まあ、僕もそこまで調べられてはいないんだけど。あの組織は一等星から六等星の階級に分けられていて、一等星の者だけにコードネームが与えられる。その一等星の中でも一番位の高い三人は夏の大三角のコードネームがつけられている。……と、わかってるのはそれくらいだ」
「夏の大三角か……。いかにもって感じだな」
相賀は険しい顔で呟いた。
「誰かが自分の階級をあげるために同じ階級の奴を利用したって考えれば、あの爆破にも説明がつくよ?」
「……確かにな」
「そいつは相当な策士だと思うよ。あの組織の目も謀るんだから。まあそいつは誰だかわからないけど、多分、もう騙された方は騙した方に消されてるだろうね」
「ああ……」
相賀は今までになく、組織の非情さを実感していた。
相賀に迷惑はかけられない――。
瑠奈はそんな気持ちを抱き、空手の稽古に励んでいた。
師範が両手につけたクッションに左右のキックを繰り返す。
(怪盗にならないかって誘ってきたのは相賀だけど、やりたいって言ったのは私。それなのに、私が弱音なんか吐いてる場合じゃない!!)
瑠奈は心の中で叫ぶと同時に、右足のハイキックを思い切りクッションに叩き込んだ。
その日の夜。
相賀は真剣な表情で机に向かっていた。その手にはスマホが握られていて、ネットニュースが表示されている。
【一週間前に発見された男性の水死体、未だ身元判明せず】
見出しにはそう書かれている。
(……多分、騙された組織の人間だな。身元を証明するものなんか何も持ってないだろうな)
もしヘマをしたら、自分や仲間がこんな目に――。
想像するだけで背筋が凍る。
相賀は机の引き出しから便箋を取り出した。
(本当に……これでいいのか……?)
便箋に近づけたシャーペンを離し、また近づけては離しを繰り返しながら考え込む。
(……いや、これでいいんだ。元はといえば俺がまいた種。俺がちゃんとしなきゃいけないんだ)
覚悟を決めた相賀はシャーペンを下ろし、便箋に何やら書き始めた。
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