第158話 空き教室での対峙

「……もうこんなに暗いのか……」


 休んでいた日のテストを受けていた翔太は教室に戻ってため息をついた。


 陽はほとんど落ちていて、電気をつけないとよく見えない。手探りで電気のスイッチを入れたとき――


「やっと来たか」


 背後から声がした。ハッと振り返ると、伊月が教室の後ろの壁に寄りかかっていた。


「……どうしてここにいる?」


 翔太は警戒しながら尋ねた。


「自分の教室にいることの何が悪い?」


「……そうだけど、僕が言いたいのは――」


「早く決めろ」


 翔太は自分の言葉を遮って放たれた言葉に息を呑んだ。


 伊月は腕組みをしながら鋭い目で翔太を見据えた。


「いい加減自覚しろ。貴様は、この世にいてはいけない人間なんだ」


「……それは、お前達にとって、だろ」


 ギュッと拳を握った翔太は顔を上げた。


「木戸君や皆は僕のことを大事に思ってくれてる。僕が生きてちゃいけない人間だとしても、木戸君達は受け入れてくれた。その気持ちを無駄にしたくない。それに、僕は組織の情報なんて教えてもらってない。お前達が僕を狙う理由なんかない」


 いつの間にか、首に下げているロケットを制服の上から握りしめていた。


 翔太の凍った心はもう溶けていた。仲間の暖かさに触れ、人を信じることができていた。あれだけ自分を引き留めてくれたのだ。これ以上、裏切りたくない。


「……そうか」


 伊月は冷ややかな目で翔太を捉えた。


「その結果、木戸達を殺すことになってもか?」


「――っ!?」


 翔太は顔色を変えた。


「貴様が生き続けるということはそういうことだ。もちろん、わかって言ってるんだよな?」


「……わかってる。それでも――」


「木戸達はそうだ。だが、クラスメート達はどうなんだ?」


「なっ……!?」


 翔太は冷水を掛けられたように体温が一気に低くなっていくのを感じた。


 伊月は羽織った学ランの内側から拳銃を取り出した。そして翔太に近づいていく。翔太はその場から動けなかった。


「お人好しのあいつらは貴様が怪盗ということを知らない。だから貴様を受け入れてるんだ。そんな中、オレと貴様らの抗争に巻き込まれてクラスメートが死んだらどうする? それが貴様を巡るものだったとしたら?」


「そ、それは……」


「オレが言っているのはそういうことだ」


 翔太の額に、銃口を向ける。


「オレはいつでもクラスメートを殺すことができる。そしてそれは、高山、貴様が生きているからだ。よく考えておけ」


 伊月は拳銃を学ランの内側に戻し、教室を出て行く――と見せかけ、立ち止まった。


「貴様が情報を持っているかなど関係ない。貴様はスパイの息子だ。組織が貴様を狙う理由はそれで十分だ」


 冷たく吐き捨て、今度こそ教室を出た。


「……っ」


 残された翔太は倒れるように背後の壁にもたれた。


 ――その可能性を、見逃していた。相賀達は、翔太が命を狙われていると知った上で仲間として接してくれているのだ。でも、クラスメート達は違う。そんなことを知る由もない。流石にクラスメートを巻き込むことはないだろうと踏んでいたが、甘かった。知らず知らずの内に危険に巻き込んでいたのだ。


(僕は……どこまで甘いんだ……)


 自分の優柔さに腹が立って、翔太は唇を白くなるくらい強く噛み締めた。

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