第61話 誘拐
「……もう一度訊く。何の用だ」
Kは必死で動揺を隠しながら訊ねた。
「自分の正体を知られても訊くのね。度胸があるじゃない」
ベガが薄い笑みを浮かべて言った。
「アンタ達に用があるに決まってるでしょ」
「一緒に来てもらうぞ」
アルタイルが言うやいなや、アルタイルの後ろにいたシリウスが二人に突進してきた。そして、Kの腹に拳を打ち込んだ。
「ガハッ……」
「海音君!! うっ……」
悲鳴のような声を上げたYにも首筋に手刀が打ち付けられ、二人が倒れる。
「――連れて行け」
シリウスが冷たく言うと、後ろに控えていた部下達が出てきた。
「――!! 雪美と海音君が!!」
階段を駆け上がっていたUは通信機から聞こえてきた音に思わず立ち止まった。
「くっそぉ!!」
一瞬足を止めたTはまた全速力で駆け出した。Uも後を追いかける。八階まであと少し。
(頼む。無事でいてくれ……!!)
しかし、リドデッキには人一人いなかった。
「ど、どういうことや……?」
二人は誰ともすれ違っていない。なら、アルタイル達はどうやって雪美と海音を連れ去ったのか――。
倒れたテーブルと、床に落ちたパソコンとヘッドセットだけが残されていたリドデッキで、二人は呆然と立ちすくんだ。
「いない!?」
マリーナに向かっていたT達から連絡を受けたXは思わず訊き返した。
『誰もいないんや!』
『パソコンだけ残ってる……』
「ど……どういうことなの……」
流石のRも息切れをしている。
二人は三階の踊り場で立ち止まった。
「非常用梯子で逃げたとしても、八階からこの短時間で降りるのは無理だ。KとYを抱えているんだからな」
Xが落ち着いた声で言う。しかし、仮面の奥のオッドアイには焦りの色が浮かんでいた。それはRもすぐわかった。
と、その時『ぐあっ!』とAの悲鳴が聞こえてきた。
「え!?」
「A!? どうしたんだ!?」
『何があったんや!?』
『もうどうなってるの!?』
「とにかく二人もマリーナに来て!」
Rが叫んだ。
『ああ!』
RとXはTの返事を待たずに走り出した。
マリーナについたAはあたりを見回した。しかし、ボートが停められているだけで特に何かあるわけではなかった。最も、Aは船のことはあまり詳しくないのだが。
「誰もいないな……」
その時、背後から気配を感じた。振り向きざまに飛び退く。右頬に小さい痛みを感じた。
「来たか、アルタイル」
Aに蹴りを放ったアルタイルは鼻で笑い、身構えた。
「二人はどこだ? どうする気だ!?」
「――お前が知る必要はない」
アルタイルが突き放すように言った。刹那、アルタイルの背後から何かが飛んできた。
「――!!」
Aは咄嗟に体をひねった。左肩に鋭い痛みを感じた直後、背後から甲高い音がする。ちらりと振り返ると、壁際にナイフが落ちていた。
「……なるほどな。お前の使えるものはワイヤーだけじゃなかったのか」
アルタイルの後ろにいたベガがフッと笑みを浮かべる。その手にはもう一本のナイフがある。
(ベガは、アルタイルみたいに一つを極めているわけじゃないんだ。攻撃方法はまだ持っているはず……)
どうするか――。Aが考えあぐねていると、アルタイルが息をついた。
「……鬱陶しい。今はお前に用はない」
言い終わるやいなや、アルタイルはAに突進した。
「!!」
「後で来い」
アルタイルは物凄い力でAを張り飛ばした。
「ぐあっ!」
壁に叩きつけられたAが悲鳴を上げる。
黒服達はデッキの開閉スイッチを押した。そして停めてあったモーターボートに乗り、開いたデッキから飛び降りて行った。
頭を強打して意識が朦朧とするAの目に、黒服に抱えられるKとYが映った。二人共ぐったりとして動かない。
「っ……」
(頼むっ、俺から……もう、何も……)
必死に体を起こそうとしたが、動かない。Aの願いとは裏腹に、意識は闇に溶けていった。
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