第83話 前半戦

「うわっ、すげーな翔太!」


 三人が教室に戻ると、談笑していた慧悟が声を上げた。


「ホントだ! すごい似合ってる!」


 すでに天使に仮装して戻ってきていた詩乃も振り返る。


「そういえば、誰が何の仮装をするかまだ知らなかったな」


「わざと発表しなかったんだよ。お楽しみにしようと思って」


 魔女の仮装をした明歩がいたずらっぽく言う。


「へー、竜は狼男か……」


 慧悟が意地悪な笑みを浮かべる。


「何だよ」


「いや、可愛く見えるなーと思ってよ」


「ああ!?」


 竜一が慧悟に飛びかかるが、慧悟はそれを軽くかわした。


「で、木戸は……ミイラか?」


 じゃれる慧悟と竜一を見て笑っていた光弥が相賀を見て言った。


「ああ。……なんか俺だけ、リアルな気がするけどな……」


 相賀は仮装している面々を見回した。竜一は狼男、翔太はドラキュラ、拓真はフランケンシュタイン、明歩は魔女、愛は悪魔、詩乃は天使、香澄は黒猫。そんな中、血糊や土が付いたシャツを着た相賀は浮いているように見えた。


「そこまででは無いと思うけどな」


 光弥はそう言って明歩に目を向けた。仲のいい愛と柚葉と話している明歩を見て目を細める。


「おーい、そろそろ時間だぞー!」


 ふと、永佑が教室の入口から顔を覗かせた。


「はーい!」


 仮装した一同が出ていったあと、翼が教室を見回した。


「……大田君は?」


「え? あいつサボる気か?」


 慧悟が振り返る。


「おいおいマジかよ……」


 光弥がため息をついた。


「……」


 壁に寄りかかっていた実鈴は険しい表情で何か考え込んでいた――。



「キャアアア!」


 視聴覚室前の廊下で受付をしていた詩乃は部屋の中から聞こえてくる悲鳴に頬を緩ませた。


 評判は上々で、今も十人ほどが列をなしている。その半分ほどが一般の人だ。


「あ、詩乃先輩!」


「こころちゃん! 咲菜さなちゃんも!」


 列の一番前に来たのは、吹奏楽部の一年生二人だった。


「めっちゃ可愛いです! もしかして手作りですか!?」


 こころが身を乗り出して訊いてくる。


「そうだよ! 詩じゃないけどね」


「凄い……」


 こころの後ろで黙っていた咲菜が口を開く。


「私達のクラス、ユニット組んで歌ってるのでぜひ来てください!」


「え、ほんとに!? 行く行く! 楽しみにしてるね!」


 こころは嬉しそうに笑うと、名簿に『寺岡てらおかこころ』と書いた。咲菜も『庄司しょうじ咲菜』と書いた時、視聴覚室の出口から男女のペアが出てきた。


「あ、ちょうど良かった。どうぞー!」


 詩乃はこころにペンライトを渡し、入口を手で示した。



「フゥ……」


 迷路のゴール付近にいた翔太は額に浮かんだ汗を拭った。


「暑くなってきたな……」


 その時、近くにいる明歩と愛の声が聞こえてきた。


「さあ、どっちを選びます?」


「咲菜、どっちだと思う?」


「悪魔も魔女も嘘つきそうだけど……」


 二つに分かれている道で、悪魔と魔女、どっちが示す道を進むのか選べるようになっているのだ。


「じゃあ……悪魔の方行こう!」


 二人分の足音が翔太に近づいてくる。


 翔太は足音がする方に背を向けた。そして左目にかかっている前髪を整えた。


「……あれ、誰かいる?」


 二人の足音が翔太の背後で止まった。翔太はゆっくり振り返った。赤い右目が二人を捉える。


「キャアアア!!」


 二人が悲鳴をあげ、一目散に走り去っていく。


 その後ろ姿を見送った翔太は頬に流れた汗を拭った。そしてふいに不安そうな表情になり、首にかかっているペンダントのロケットをシャツの上から握りしめた。

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