第59話 トラブル

 伊月は五階の自分の部屋にいた。


 肘掛け椅子に座って足を組み、頬杖をついている。


「――そろそろか」


 ふと呟き立ち上がった。すると、伊月以外誰もいなかったはずの部屋に気配が現れた。


「シリウスか」


 伊月は前を見ながら言った。


「よくおわかりで」


 いつの間にか、ドアの横の壁にシリウスがもたれかかっていた。薄いグレーのスーツを着て、招待者に成り済ましている。


「何の用だ?」


「怪盗達が動き出しました。指示役達は部屋にいるようです」


「わかった。アルタイル達に伝えておけ」


「はっ」


 シリウスの気配が一瞬で消えた。


「さぁ……どう来るか……」


 ニヤリと微笑んだ伊月は部屋を出ていった。



 今回狙うブルーダイヤは、渡部財閥の金庫に入っているというだけあり、警備が厳重になっていて、盗むのに時間がかかる、というのがKの予想だった。


 そのため、RとTは金庫の前で見張り、A、U、Xは金庫を破ることになった。


 パソコンの画面を見ていたKは、隣りにいるYを盗み見た。パソコンの操作に集中していることを確認して、自分の声がAの通信機にだけ届くように設定する。


「――A、聞こえる?」



 階段を降りていたAは突然Kの声が聞こえて驚いて足を止めた。


「どうした?」


『A、今回のターゲットに何かあるの?』


「え?」


 言い当てられたAは思わず訊き返した。


「……どうしてそう思う?」


『昨日、あのブルーダイヤについて調べてみたんだ。そしたら、過去に怪盗Mが狙ったものだとわかった。その時は盗めなかったみたいだけど……』


「……ああ、その通りだよ」


 Aは諦めて息をついた。


「あれは母さんが過去に狙ったターゲットの中で唯一盗めなかった代物……。だから、俺がリベンジしたいんだよ」


『そういうことか……。じゃ……どうし……盗……』


 突然、Kが話す声にノイズが入った。


「K? どうした!?」


『電……が……して……』


 ザザッと一際大きいノイズが走ったかと思うと、もうKの声は完全に聞こえなくなってしまった。


「くそ! 皆!」


 Aは通信機に叫んだ。


『どないした?』


『A、今どこ?』


 TとRが返事をした。


「実は……」


 Aは、Kとの通信が途中で切れてしまったことを話した。


『確かにそらおかしいな……』


『さっきまで普通に繋がってたもんね』


『それにAが作った機材なんでしょ? 私達の通信機とかを分解して仕組みを知らないと電波妨害とかは……』


『……嫌な予感がする。とりあえず、全員集まろう。金庫室に来てくれ』


「ああ」


 Xの言葉に頷いたAは廊下を走り出した。



「……そろそろ動くかしら」


 五階の会議室にいた実鈴はそう呟き、立ち上がった。スーツのポケットからスマホを取り出し、時間を表示させる。時刻は午前一時半を指していた。


 実鈴は会議室を出て歩き出した。怪盗達が気づくのを防ぐため、防犯カメラを避けて金庫室に行くルートは頭に入っている。けれど……


「……何か、がするのよね……」


 実鈴はスマホを見ながら考え込んだ。


 探偵の勘か。ただの考え過ぎか。


「……行ってみないと始まらないか」


 実鈴はスマホをポケットに戻し、走り出した。

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