第197話 ケジメ

「貴方、何がしたいの!」


 右上腕部を押さえた実鈴は肩で息をしながら叫んだ。


(ケガしていた右は使ってこない。それなのに……こんなに押されるなんて……!)


「何がしたいのか、ねえ……」


 フォーマルハウトはハッと笑った。


「まあ、騙していたとはいえ、十年以上可愛がってやったからなあ。ケジメはつけておこうと思っただけだ」


「っ……!」


 ジャージを握りしめた実鈴は燃える瞳でフォーマルハウトを睨みつけた。


「ケジメですって? 紬が、どれだけ憔悴してるかわかってるの?」


 あの日から、紬の笑顔が消えた。笑ったとしても、どこか引きつっている。あんなに楽しそうに通っていた学校も、休みがちになってしまった。


「おいおい、自分のことより紬かよ」


「違う! 私は、貴方が兄じゃないと気づけなかった! そんな私に、自分のことを心配する資格なんてないの! でも、紬は……っ」


「……まあ、だろうなあ」


 フォーマルハウトはフッと嘲笑った。


「紬は何も知らないただの小学生。だが、お前は探偵でこっちの世界にも首を突っ込んでる。悪い意味でお前らしいな!」


 言い終わるや否や、左回し蹴りを放った。


「っ!」


 後ろに飛んで避けた実鈴はフォーマルハウトの右腕に向けて左フックを放つ。


「おっと」


 軽く避けたフォーマルハウトは実鈴の足を払った。


「はっ!」


 バランスを崩した実鈴にさらに左ストレートを打った。


「うっ……!」


 ガードしきれなかった実鈴が吹っ飛び、空の瑠奈の椅子に激しくぶつかる。


「きゃあああ!」


「香澄!」


 前の席の香澄の椅子に机がぶつかり、香澄の体が机と椅子に挟まれる。隣に座っていた慧悟が机をズラし、香澄を助け出す。


 ――と、その時。ベクルックスの背後のドアが開いた。ベクルックスが振り返った時には、飛び込んできた人影は空の机に飛び乗っていた。


「全員前に下がれ!」


 人影が叫び、自分の席で硬直していた一同は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。そして黒板の前に固まった一同の前に、永佑が庇うように立つ。


 人影はさらにジャンプして倒れたままの実鈴の前に着地した。


「どうして……」


「……ごめん、遅くなった」


 ボロボロになった実鈴を見たXの瞳が曇る。


「……来ないでって……言ったのに……!」


「わかってるだろ。僕らは、そんなこと言われても動くタチなんだよ」


 Xの声は自虐的な笑みを含んでいる。が、仮面の奥のオッドアイはフォーマルハウトとベクルックスを冷たく見据えていた。


「は……お前、まさか怪盗X!?」


 全く状況を飲み込めていなかった竜一が驚いたように声を上げるが、Xは無視した。


「……死に損ないが」


「トドメを刺さなかったのはお前だろ」


 ベクルックスの言葉をバッサリ切り捨てたXは口を開いた。


「お前ら、今から屋上に来い。隣の空き教室にいるアルタイル達もだ」


「は? なんでだよ」


 フォーマルハウトが顔をしかめる。


「この場にアイツらがいるからだろ。巻き込みたくねえっつー、こいつらのご立派な自己犠牲だ」


 吐き捨てたベクルックスはくるりと振り返り、ドアに向かって歩き出した。


「おい、どこに行くんだ」


 フォーマルハウトに呼び止められ、ゆらりと振り返る。


「……屋上だ。このままここで暴れたら、他の教師達にもバレる恐れがある。元々は、ここに全員で来た怪盗共を瞬殺するつもりだったが……こうなったら、癪だがこいつらの提案に乗る」


 閉まったドアを呆然と見ていたフォーマルハウトは舌打ちをした。そして机に手をついてようやく立っている実鈴を振り返った。


「後で決着つけようぜ」


 そして教室を出て行った。

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