第196話 正夢

「木戸君、恐らくこれは罠だよ。そうじゃないと、皆を巻き込む理由がないからね」


 廊下に出た翔太は澄んだオッドアイで相賀を見据えた。


「んなのわかってる!」


 相賀は壁に拳を叩きつけた。


「わかってるけど……俺が行かなくてどうするんだよ! 皆が、俺のせいで危ない目にあってんのに……!」


「行くな、なんて言ってない。どうせ、君は止めたって行く人なんだから。けどさ」


 翔太は相賀の拳を見た。


「……怖いんだろ?」


 ハッと相賀が顔を上げる。その顔は、今にも壊れそうだった。


「……当たり……前だろ……っ」


 壁に体を預け、天井を仰ぐ。


「……夢を見たんだ。皆が、俺から離れていく夢をな……その中にお前もいたんだ、翔太」


「…………」


 翔太が片眉を引き上げる。


「あれが正夢になるのが怖くて……あいつらはあんなことしないってわかってるのに、もしかしたらって思ったら、なんも手につかねえし……俺は……っ」


「……正夢にはならないよ」


 翔太の優しい声に、相賀は顔を戻した。


「だって、僕が今ここにいることが何よりの証拠だろ? 君が僕を助けに来てくれたみたいに、僕も君を助けたいんだ。僕は、木戸君を見捨てたりしない」


 と、奥から宇野が走ってきた。そして部屋のドアをノックする。


「皆様、車の用意が出来ました」


「ありがとう、じいや」


 海音の返事が聞こえ、扉が開く。


「……行こう、木戸君」


「……ああ」


 翔太と相賀は、部屋から出てきた一同の後ろについて歩き出した。



「教室で戦うのは危なすぎる。皆を巻き込む可能性があるからな。誰にも危害を加えない場所は――屋上しかない」


「……だろうね」


 倒した座席に座った海音が険しい顔をした。


「問題は、どうやって奴らを屋上に呼ぶか、だよね」


「それは僕がやる」


 即答の声に驚いて顔を上げると、翔太はオッドアイに決意の色を宿らせた。


「僕の言うことなら聞くだろ」


「そんなの危ないよ!」


 詩乃が身を乗り出した。


「大丈夫だよ。今のベクルックスなら多分……そもそも撃ってこないだろうし。それに、奴らだって大事にはしたくないだろうしね」


「せやけど、学校に来るのも大事やんけ。奴ら、なんでそんなことしたんや」


「そこがわからないよね……」


 瑠奈が天井を仰いだ。


「実鈴ちゃんだっているし、バレるかもしれないのに」


 パソコンを見ていた雪美も顔を上げた。


「大事にならない確信が何かあったんだろ。それが何かはわからないけどな」


 相賀がつっけんどんに答える。瑠奈はそんな相賀を心配そうに見つめた。


「皆様、そろそろ到着です」


 ハンドルを握った宇野が言った。


「海音、朝井さんは外で待機しててくれ。俺らは屋上で待機、翔太はクラスに行ってくれ。ただ、奴らを屋上に呼ぶよりも皆の安全確保が最優先。特に、実鈴がどうなっているかわからない。一人で対処出来なそうなら、遠慮なく呼んでくれ。窓ぶち破ってでも行くからな」


「……わかった」


 翔太が表情を引き締めた時――車が止まった。


「……気をつけてね、皆」


 車の中に残った海音と雪美に、瑠奈は微笑みかけた。


「大丈夫。この七人でできないことはないんだから!」


 車のドアを閉めた相賀が、サングラスを掛けながら塀の向こうに建っている校舎を見上げる。


「――X、頼む」


「ああ」


 頷いたXが昇降口に走っていく。


「俺達はワイヤーで屋上に上がろう。死角はこっちだ」


 一同は、Aを先頭に走り出した。

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