第198話 幸運

「……っ」


 張り詰めていた空気が一気に緩み、実鈴はその場に座り込んだ。


「実鈴」


 慌てたXが実鈴の側に膝をつき、倒れそうになった実鈴の体を支える。


「……ありがとう。一人で……頑張ってくれて」


 実鈴はゆるゆると首を振った。


「貴方……もし、正体が……」


「……その時はその時だよ」


 その声は少し震えていた。


「実鈴!」


「実鈴ちゃん!」


 と、クラスメート達と永佑が駆け寄ってきた。


「すまない佐東! 俺が、俺の考えが甘かったからこんなことに……!」


 Xは、謝る永佑に実鈴を預けて立ち上がった。


「……保健室に連れてってください。あと、警察にも連絡して、屋上には絶対に入らないでください」


 声色を変えてそう言い、走り去って行った。


「……なんで、怪盗Xがここに来るんだよ」


 翼が顔をしかめる。


「いや、それよりも伊月だろ。なんであいつ、銃なんか持ってんだよ」


「元兄ってなんだよ!?」


「空き教室って言ってたけど、他にもあの男みたいな人がいるってこと?」


「なんなの? どうなってるの!?」


「怖い……」


「訳わかんねえよ!」


 クラスメートがパニックに陥っていく。


(まずい、早く落ち着かせないと……!)


「皆――」


「……待って……」


 永佑の言葉を遮り、実鈴が口を開いた。弱々しい声なのに、それだけでクラスメート達が静かになる。


「……後で全部説明するから、一旦落ち着いて……」


 実鈴は机の足をつかみ、立ち上がった。


「おい佐東! そんなボロボロなのに何を……!?」


「私は……行かなきゃいけないんです。ケリをつけなきゃいけない」


「待てよ!」


 永佑は実鈴の前に立ちはだかった。


「そこまでやる必要があるのか!? 何を言ってるのかわからなかったけど、俺は……! これ以上、実鈴が傷つくのは嫌なんだ……!」


 こんなことになったのは、自分のせいだ。メールの内容を信じていれば、警察に連絡していれば、実鈴は傷つかなかったかもしれない。そんな後悔ばかり頭に浮かぶ。


「……やる必要があるんです。詳細は省きますが、あの人達は裏社会の人間です。人を普通に殺すような、非道な組織の一員なんです。被害が出る前に、止めなきゃいけない」


 実鈴の目には、決意の色が浮かんでいた。


(……これもう、ダメだな)


 これ以上何か言っても、実鈴は動くだろう。佐東実鈴は、そういう子だ。いつだって、探偵としての使命を貫こうとしている。


「……わかった。なら、俺も行く」


「!?」


 実鈴は驚いて目を見開いた。


「そんなのダメです! さっき言いましたよね!? 彼らは人を普通に殺すって! もし先生が……!」


「それでもいいよ」


 永佑は優しい笑みを浮かべて言った。


「生徒を守る。それが教師の役目だろ。それが出来なくて、何が教師だ」


「だったら、俺も行く」


 ずっと黙っていた竜一が口を開いた。


「何か出来るかって言われたら、何も出来ないけどさ……どうしても、大田が気になるんだよ。なんか、苦しそうに見えたから」


「でも……」


 実鈴が躊躇する。


「だって僕達、友達だろ」


 翼が一歩前に出た。


「友達なら、手を差し伸べるのが当然だろ」


 一同が頷く。


 皆、死ぬ気なんてない。ただ、伊月が心配だから、実鈴を一人で行かせられないから。それだけで、危険な場所に飛び込もうとしている。


『お人好し』


 何度かベクルックスに言われた言葉が脳裏をよぎる。今までちゃんと捉えていなかったが、今なら、わかる。


(本当に……皆お人好しね)


 ここまでの仲間に出会えたのは、幸運だった。そして、星の丘に移住したのは大空と会ったからだ。裏切られたとはいえ、悪いことばかりではなかった、そう思える。


「……わかったわ。ただし、絶対に勝手な行動はしないで」


「うん」


 実鈴はそっと微笑んだ。

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