第141話 探偵の価値

「――来たか」


 腕を組んで目を閉じていたシリウスはゆっくりと振り返った。視線の先には、息を荒げたTが立っている。


「……そんな状態で、私に勝てるとでも?」


「そんなん、やらんとわからんやろ」


 大口を叩くも、Tが圧倒的不利なのはTが一番わかっている。もう体力も底をついた。でも。それでも。


「……ここまで来て、今更逃げるやつがどこにいるんや」


 仲間は守り抜く。そう、決めたから。


「……まあいい。叩きのめしてやる」


 シリウスが静かに構えを取る。張り詰めた空気があたりを包みこんだ。



「……チッ」


 デネブは画面を見て舌打ちをした。


(これ……中学生のガキが作れるようなものじゃねぇ……このオレをもってしてもワクチンが未だにできないとはな……)


「……めんどくせぇな」


 呟いたデネブはすごい勢いでキーボードを叩き始めた。



『そこの角を右だ!』


「OK」


 Xは廊下を走っていた。マントを翻しながら角を右に曲がり、階段を駆け下りる。


「八階だよね?」


『うん、その階だよ。その廊下を突き当りまで行って左だ』


 Xは廊下を走り、角を右に曲がった。鉢合わせした黒服を蹴りで倒し、さらに走り抜けていく。


『あ、そこの部屋だよ!』


 突然、Yが叫び、Xは慌てて止まった。


「……ここか」


 Xが見据えるドアの横にはキーパッドが設置されている。


「番号はわかる?」


『うん。えっと……』


 XはKの言う通りにキーパッドにコードを打ち込んだ。すると、ピッと小さな音がした。


「よし」


 勢いよく扉を開けると――中には実鈴と紬がいた。


「佐東君!」


 Xはドアにストッパーをかませ、うずくまる実鈴に駆け寄った。


「大丈夫か!?」


「……高山君?」


 実鈴がゆっくりと顔を上げた。


 縛られてはいるものの、特に異常はなさそうだ。ホッと息をついたXは内ポケットからナイフを取り出し、ロープを切った。


「君もおいで」


 突然入ってきたXに驚き、少し下がっていた紬も手招きしてロープを切る。


「救出完了だよ」


『OK。それじゃ、少し待機してて。皆がまだ……』


「……わかった。ヤバそうなら、呼んで」


『うん』


 Xは割れた画面を外し、予備の仮面をつけ直した。


「……高山君」


 すると、膝に顔を埋めていた実鈴が顔を上げた。


「……私のことはいいから。紬をお願い」


「お願いって……そんなわけにはいかないだろ」


 驚いたXはすぐに気づき、目を伏せた。


「……フォーマルハウトか」


 実鈴は静かに頷いた。


「……身内を全く疑わなかった私なんて、探偵失格よ。本当は一番疑うべき相手だったのに。それで紬も巻き込んで……もう私、探偵なんて名乗れない……」


 実鈴の声が震え、小さくなる。


「佐東君」


 Xはしゃがみ込み、優しく声をかけた。


「そんなことない。そんな事言わないで。君は立派な探偵だよ。今まで、僕達を追い詰めてきたじゃないか」


「でも……! 探偵は犯人を捕まえられなきゃ価値がないのよ!」


「そんなことないだろ。探偵は犯人を捕まえるんじゃない。人を助けるんだ。その方法の一つが、犯人を捕まえるってだけで。僕の知ってる佐東実鈴は、負けず嫌いで、人のために一生懸命になれる人だ。こんな所で、挫けてる人じゃない」


「…………」

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