第56話 発進

「凄っ……!」


 部屋に入った瑠奈は思わず呟いた。


 部屋の中央には毛足の長い白い丸いラグが敷かれ、その上に白いテーブルと肘掛け椅子が二つ、向かい合うように置かれていた。


 正面には大きな丸い窓があり、その手前に天蓋付きの白いダブルベッドが置かれていた。窓からは広大な大海原が見える。


 全体的に白で統一されているものの、どこか温かさを感じる。


「綺麗……」


 瑠奈はベッドの上に荷物を入れたボストンバッグを置き、窓から外を覗いた。


 真っ青な海と青空がどこまでも広がり、かもめが悠々と飛んでいる。


 と、ノックの音がした。


「瑠奈ー? もう海音君来てるよー?」


「あ、うん!」


 瑠奈は慌ててドアに向かった。



「……どうして貴方がここにいるの?」


 部屋に荷物を置き、船の中を散策していた実鈴は、目の前に現れた人物を見て顔をしかめた。そこにいたのは大田伊月だった。


「佐東と同じ理由さ。この船の警備として呼ばれたんだよ」


「本当に?」


 実鈴は怪訝そうな顔をした。


「そんな話聞いてないわよ」


「一昨日くらいに決まったからな。オレは渡部とクラスメートだし、警察を何人も入れるよりは知り合いがいた方が良いだろってこと」


「……そう」


 伊月を軽く睨みつけた実鈴は踵を返し、歩いていった。


 残された伊月は薄い笑みを浮かべた。


「ベクルックス様」


 伊月の横の曲がり角からスーツを着た大柄な男がやってきた。招待者になりすましたアルタイルだった。


「全員、潜入完了しました」


「わかった。オレの指示があるまで目立つ行動はするな」


「はっ」


 アルタイルは頭を軽く下げると、来た道を戻っていった。


 瑠奈達は船尾よりの最上部の甲板リドデッキに来ていた。まもなく発進する旨を知らせる放送が響いている。


「わぁ綺麗……」


 雪美が思わず感嘆の声を漏らした。


 大きな夕日が海を赤く染めながら沈んでいくのがハッキリ見える。


「この二日間は雨も降らないし雲もあまりないみたいだから見えると思ったんだ」


 海音が嬉しそうに言う。


「あれ、君達は……」


 声をかけられ振り返ると、大学生くらいの男性と、小学生くらいの女の子が立っていた。


「あ、佐東さんの……」


 相賀が反応すると、一同は相賀を振り返った。


「え、相賀知り合いなの?」


 瑠奈が男性と相賀を交互に見ながら訊く。


「ああ、文化祭のときに会ったんだよ」


「皆は初めましてかな。俺は大空そら。実鈴の兄です。こっちは従妹のつむぎ。いつも妹が世話になってるね」


「実鈴ちゃん、お兄ちゃんいたんだ」


 詩乃が言う。


「詩と一緒だ!」


 すると、海音がスッと前に出た。


「この度はこちらの手違いでご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません」


 スラスラと言い、頭を下げる。


「いや、ちょっと……」


 年下に頭を下げられ、大空は戸惑った。


「迷惑なんて思ってないから、謝らないでくれよ。むしろこちらこそ押しかけるみたいになって申し訳ないよ」


「いえ、こちらの手違いですので。もしよろしければお詫びをさせて頂きたく」


「いいって。ここに案内してもらっただけで十分過ぎるくらいだよ」


 大空は焦って両手を振った。


「まあせっかくだし、全力で楽しませてもらうつもりだから、よろしくね」


 海音はようやく少し微笑んだ。


「……それなら、よかったです」


 大空はニカッと笑うと、紬と一緒にリドデッキを出て行った。


 と、大空達と入れ替わるように唯音と桜音がリドデッキにやってきた。


「兄さん」


「ここにいたのか。そろそろディナーパーティーの準備しないとまずいんじゃないのか? もう四時だぞ」


「え!?」


 海音が声を上げたとき、発信を告げる長い汽笛が鳴り響いた。


 スクリューが回りだし、ミルキーウェイ号はゆっくりと進み始めた。

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