第88話 いつか

 翼が視聴覚室に戻ると、集まっていた高校生はいなくなっていた。


「あ、帰ってきた」


 壁に寄りかかっていた拓真が軽く手を上げる。


「ああ……」


 翼は拓真に駆け寄った。


「ごめんね拓真。詩乃さんも、手伝ってもらっちゃって……」


「構へん構へん。謝らんといてや」


 拓真は軽く手を振って言った。その横で詩乃も頷いている。


 その時、後半終了の鐘が鳴った。



「あー疲れたぁ……」


 柚葉はぐったりと机に突っ伏した。


「皆、本当にごめん!」


 教卓の前に立った翼が頭を下げて謝ると、騒がしかった教室がシンとなった。


「謝らんでええ言うたやろ」


 沈黙を破ったのは拓真だった。


「そうよ。阿部君が悪いわけじゃないんだから」


 実鈴も頷く。


「でも……高校生達が僕目当てで来たのは間違いないんだから……」


 翼は眉を寄せた。


「気にしてないから、大丈夫だよ」


 瑠奈も笑って言った。


「ところで、相賀知らない? もう集合時間なのにいないの」


「そう言えば……」と光弥が教室を見回す。


「木戸君が時間を守らないなんて珍しいね」


 香澄が言った。


「いるぞ」


 突然、入り口から声がした。


 一同が驚いて振り返ると、相賀が不満そうに立っていた。


「相賀!?」


「いつの間におったん!?」


 瑠奈と拓真が尋ねる。


「今だよ。ったく、トイレ行ってただけだよ」


 相賀が呆れ顔で言う。しかし、翔太は訝しげに相賀を見ていた。

 

 一部始終を見ていた伊月は口の端に笑みを浮かべた。



 その夜。部屋で勉強していた瑠奈のスマホが鳴った。


「相賀? ……もしもし?」


 画面に表示された名前に目を見開いた瑠奈はすぐに電話に出た。


「珍しいね、相賀が電話なんて。大体メッセージで済ませるじゃん」


『ちょっと……お前の声が聞きたくてな……』


「え? 何それ」


 瑠奈は頬をほんのり染め、軽く笑った。



「……お前はさ、怪盗やって良かったって思ってるか?」


 相賀はスマホを耳に当てながら空を見上げた。煌めく天の川の周りに、たくさんの星が光っている。


『うーん……まあ犯罪だけど、私は良かったって思ってるよ。それに……』


 瑠奈の言葉が止まった。


「それに、なんだ?」


『……相賀一人だったら、もう……相賀が潰れちゃってると思うから』


「……」


 相賀はうつむき、目を閉じた。


「……俺はそんなにヤワじゃないぞ」


『相賀はそう思ってても、こっちは危なっかしくて見てられないんだよ。全部一人で決めちゃうし……訊かないでおくけど、何か事情があるんでしょ? 私に話してくれたこと以外の何かが』


 言い当てられた相賀はそっと目を開いた。眼の前にはビル群の美しい夜景が広がっている。


『もちろん話せるときでいいけど……いつか、全部話してほしいな』


「……ああ。いつか、な」


『うん』


 瑠奈の返事を聞いた相賀は電話を切った。


「……そのいつかが来る前に、俺はもういなくなってるかもしれないけどな」


 ぽつりと呟くと、丘を降りていった。

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