第87話 常識

「……いつから気づいてたの?」


「気配で丸わかりだったぞ」


「答えになってないよ」


 ため息をついた翼は女子高生達を見た。


「それで、君達は僕のファン……ってことでいいのかな?」


「うん! こんなところで会えるなんて感激!」


 セミロングの女子が前に出る。


「ありがとう」


 翼が、よく撮影でやっているスマイルを浮かべる。だが、相賀にはわかった。笑顔が少し強張っている。


「けど、僕、自分のこと詮索されるの嫌いなんだ。勝手に学校を特定するの、やめてほしいんだけどなあ」


 翼が笑みを貼り付けながらやんわりと言う。その目は笑っていない。


「モデルだからって、クラスメート達に迷惑をかけたくないんだ。あとね……」


 突然、翼の空気が変わった。スッと笑みが消え、鋭い目で三人を見据える。


「いくら僕のファンでも、僕の友達に手を出すのは許さないよ。ちゃんと謝ってほしいんだけど。相賀は僕の気持ちを代弁してくれただけだから」


 三人は顔を見合わせた。


「気持ちを代弁って……翼君だもん。ファンが苦手なんてことないよね?」


 ロングボブの女子高生が尋ねる。


「僕だから、ファンが苦手じゃない? そんなことあるわけ無いでしょ。僕だって人間だよ? 苦手なものくらいあるよ」


 口調がだんだん激しくなってくる。


「翼――」


「僕を応援してくれてるのは嬉しいんだけど。君達高校生だよね? 常識とか知らないの? 僕や僕の友達に迷惑がかかるとか考えなかった? このおかげて皆がどれだけ大変な思いしてるかわかってる?」


 ロングボブの女子高生の言葉を遮り、質問のマシンガンを撃つ翼に、女子高生達は黙ってしまった。


(翼って毒舌なとこあるんだよなぁ)


 黙っていた相賀は内心苦笑した。


「ほんとはこんなこと言いたくないんだけど……僕、常識を考えられない人って嫌いなんだよ」


「――!!」


 翼の決定的な一言に、セミロングの女子高生は涙目になってしまった。


「……わかったなら、もうこんなことはやめて。投稿も削除して」


 翼はそれだけ言うと、踵を返して校舎に入っていった。相賀も翼を追いかける。


「久しぶりに毒舌キャラきたな」


「つい熱くなっちゃって……」


 そんなことを話していた相賀はふと足を止めた。


「悪い、翼。俺トイレ行ってくるから先戻っててくれ」


「あ、うん」


 翼の姿が見えなくなり、相賀はその場に立ったまま言った。


「――盗み聞きなんて感心しないけどな」


「……」


 まだ柱の陰にいた伊月がゆっくりと出てきた。


「……気配は消してたんだけどな」


「窓ガラスに映ってたぞ。ベクルックスともあろうお前が、そんな凡ミス犯すなんてな」


 相賀が伊月を少しからかうと、伊月は冷たい目で相賀を見据えた。


「――常識を考えられない人は嫌い」


「あ?」


 伊月はズボンのポケットに手を突っ込み、仁王立ちした。


「阿部が言ってたよな。怪盗をやってるのは、常識とは言えねぇだろ」


「ハッ……何言ってるんだ。中学生が銃構えて撃ってる方がよっぽど常識ないだろ」


 相賀は鼻で笑った。


「違う」


 伊月は静かに否定した。


「それがオレにとっての常識だ。小さい頃からそうやって育てられてきたんだからな。だが、貴様はそんなんじゃねぇだろ。怪盗の教育を受けてきたわけでもない。しかも無関係の奴らを巻き込んでやがる。そっちの方が常識ねぇと思うけどな」


「……」


 伊月は言葉を失った相賀の横をすり抜け、靴を履き替えて階段を登っていった。


『無関係の奴らを巻き込んでやがる』


 その言葉が、何よりも刺さった。瑠奈、拓真、詩乃、海音、雪美の顔が脳裏を駆け巡る。


 相賀は呆然とその場に立っていた。

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