第89話 文化祭二日目

「……じゃあ、最終確認だ」


 薄暗い部屋。数人の男達が頭を突き合わせていた。


「明日の午前十時に地点Aに集合。一般人のふりをして星の丘中学校文化祭に潜り込み、こいつを誘拐。攫い次第会場から逃走。 ……で、頼む」


「いくらあれ程の財力を持つ組織につけたとはいえ、金が入るわけじゃない。調達は自分達でやるしかない。これが成功すれば、俺達は組織でのし上がるチャンスを手に入れられる」


「だから絶対に成功させる必要がある……か。やってやろうじゃねぇか」


 不敵な笑みを浮かべる男が見ていたスマホの画面には、一人で道を歩く海音が映っていた――。



 翌日。土曜ではあるが、瑠奈達はいつも通りに学校に登校した。今日は文化祭二日目だ。


「え、吹部もう来てるの?」


 八時頃に学校についた瑠奈は音楽室から流れてくる音楽に驚いて顔を上げた。


「七時頃に集合したらしいよ」


 隣にいた雪美も見上げながら言う。


「そんなに!? 詩、早起き苦手なのに……」


 瑠奈は驚きながら歩き出した。


 教室に入ると、クラスメートの半分ほどが来ていた。


 しばらくしてチャイムが鳴り、永佑が入ってきた。


「えーっと、辻、中江、長谷が吹部で……大田は?」


 出席を取っていた永佑が顔を上げる。


「あいつ……」


 慧悟がため息をついた。


「サボりでいいと思いますよ」


「……まあ、多分そうだな」


 頷いた永佑は出席簿に書き込むと出席簿を閉じた。


「今日は文化祭二日目だ。この後、九時から休憩を挟んで二時間、ステージショーが始まるから、五分前には移動して座席に座っててくれ。じゃ、HR終了」


 永佑が出て行くと、瑠奈はそっと相賀を見た。相賀は心ここにあらずといった様子でぼんやりしている。


『……お前はさ、怪盗やって良かったって思ってるか?』


 昨日の電話の質問。それは、瑠奈が怪盗を始めた頃に相賀が投げかけてきた質問に似ていた。


『本当に怪盗をやるか?』


(……多分、何かあったんだ)


 そうでなければ、あんなことは言わない。


『……ああ。いつか、な』


 そう言ったときの微妙な余白。そして哀しそうな声。


(……でも、訊いたって答えてくれないよね……)


 瑠奈はうつむいた。


「おーい、移動するよー」


 翼の声が教室に響いた。



「キャー! 堀内せんぱーい!!」


 三年生の男子生徒がアコースティックギターを持ってステージに上がると、黄色い声が一年生から上がった。


「あら、あの先輩……」


 実鈴は堀内を見て気づいた。確か、香澄がチョコレートを渡しに行った先輩だ。


「こんにちは、三年A組の堀内ほりうち寛人ひろとです。今日は弾き語りをしようと思います。言う機会がなかったんですけど、二年生の皆さん、去年の劇すごかったです。クオリティが高くてびっくりしました」


 二年生一同は顔を見合わせた。


「それでは聴いてください、『アンタレス』」


 相賀は驚いて翔太を見た。翔太はじっとステージを見つめている。


 ステージの中央に置かれた丸椅子に座った堀内は組んだ足の上にギターを乗せ、構えた。


「♪あの空に光る星は ♪どこに行ってしまったの ♪僕はあの空みたいだ ♪全部こぼれ落ちた」


 透き通るようなきれいな歌声に、体育館中の人間が惹きつけられた。


「部活もあったはずなのに……すごい……」


 実鈴は思わず呟いた。


 歌の上手さもさることながら、ギターも完璧に弾けている。才能か、コツコツ練習していたのか――。


「♪星は消えてない ♪見えないだけなんだ ♪空に輝くアンタレス ♪目指していこう」


 そんなことを考えているうちにアンタレスが終わり、大きな拍手が堀内を包み込んだ。


「ありがとうございます。この後、吹奏楽の演奏もありますので、ぜひ楽しんでいってください」

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