第152話 選択肢
雨はいつしか弱まり、霧雨となって霧があたりに立ち込めていた。
びしょ濡れになった翔太は白い息を吐いた。冷たい雨に濡れたおかげで体温がどんどん奪われていくが、何もする気は起きなかった。水を吸い込んだ髪から頬に水が流れるのを感じながらも、翔太はずっとうつむいていた。
と、足音が聞こえてきた。顔を上げると、濃い霧の中を誰かが歩いてくるのが見えた。
「……誰だ……?」
雨で濡れた前髪をかきあげ、目を凝らしてみると、それが男で自分と同じくらいの身長をしていることがかろうじてわかった。
濡れた芝生を踏みしめて霧の中から現れたのは――
「高山、何やってんだこんなところで」
傘をさした伊月だった。
「伊月……」
翔太は身構える気すら起きなかった。濡れた前髪の奥の光がないオッドアイを見た伊月は顔をしかめた。
「答えろ。何をしていた」
「……ここで何してる?」
「聞こえないのか」
「……僕は……」
俯いた翔太を見て、伊月はニヤリと笑った。
「貴様、生きてていいのかわからないんだろ?」
図星だった。黙ったままの翔太に、伊月は「貴様には二つの選択肢がある」と言った。
「この世から消えるか、組織の一員として働くか。親がスパイだろうがなんだろうが、組織に入れば秘密を知っていても関係ない」
「……」
翔太はオッドアイに迷いの色を浮かべた。伊月はフッと息を吐いた。
「あとで連絡しろ」
言い放った伊月は踵を返して霧の中に消えていった。
雨は再び強まり、横殴りの風も吹いてきた。迷う翔太を容赦なく叩いている。
「高山君!」
と、水しぶきを上げながら、実鈴が傘をさして走ってきた。
「何してるの! こんなところで……」
「……いや……」
翔太はゆっくり首を振った。そんな翔太に実鈴は持っていたもう一本の傘を差し出した。
「びしょ濡れね……風邪引くわよ。とりあえず帰りましょ? 学校のシャワー室借りれると思うから」
「……」
小さく頷いた翔太は傘を受け取って立ち上がった。
『何があったのかはわからないけど、びしょ濡れのまま丘の東屋にいたわ。学校のシャワー室借りさせて帰したけど』
「ああ……」
放課後。翔太を探しに行ってそのまま事件の捜査に行っていた実鈴から相賀に電話がかかってきた。
『一体何があったの?』
「さあ。悪夢でも見たんだろうと思ってるけどな。寝てたし」
電気が消えた薄暗い教室の窓辺にいた相賀は窓の外に目を向けた。まだ雨は止んでおらず、雨水が窓ガラスを叩いている。
『それだけでああなる?』
実鈴の声を聞いた相賀は目を伏せた。
「……多分、家族が殺された悪夢でも見たんだよ。最近はそんな話してなかったから、もう大丈夫かと思ってたんだけどな……」
『そう……』
「……ただ、この間俺がケガしたから、自分を責めているかもしれない。あの日から翔太、あんま寝てないみたいなんだ。顔色も悪いし、クマもできてるしな」
『それは私も思ってたわ。反応も悪いし……』
相賀はスマホを耳と肩で挟み、右前腕部を押さえた。まだ鈍く痛んでいる。
(……まあ、お前もだけどな、実鈴)
「とりあえず様子見だな。なにか気づいたことがあれば連絡してくれ」
「わかったわ」
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