第175話 理由

 部屋の上部の壁には回廊があった。そこに銀髪の女――ベガが立っていた。その手にはナイフが握られている。床に落ちたのは、ベガが投げたナイフだったのだ。


「あそこから!?」


(まずい……こんなの避けられるのかよ……!?)


 翔太を支えているため、素早い動きはできない。とは言え、ベガは確実に翔太を狙ってくるだろう。


(どうすれば……!)


「――ベガ!」


 その時、ベクルックスがA達を睨みながら叫んだ。


「わかってるわよ」


 ため息を付いたベガが冷たく答え、回廊の柵に寄りかかった。


「……どういうつもりや?」


 Tが眉をひそめた。


「ベガはただの足止めだ。高山を殺るのは――」


 ベクルックスが、冷徹な瞳で拳銃を構える。


「オレだ」


「っ!」


 まずい――


 Aが一歩下がったとき。Rが、二人の前に立ちはだかった。


「R!?」


「絶対に撃たせない!」


 一瞬目を見開いたベクルックスだが、すぐに元の無表情に戻り、翔太に向けていた銃口をわずかにずらしてRに向けた。


「そこをどけ、石橋。死にたいのか」


 冷ややかな視線と声を向けられ、一瞬怯む。だが、ここで引くわけには行かない。


「ダメだ石橋君……逃げて……」


 翔太が声を絞り出す。


「R!」


「――絶対に逃げない!」


 Rは両腕を広げて二人を庇いながら叫んだ。


「……自己犠牲も大概にしろ」


 ベクルックスがイラついた声を出した。Rが邪魔で翔太を狙えず、舌打ちをする。


「貴様らはいつもそうだ。自分のことを顧みずに仲間ばかり庇って、そうまでしてなぜ守る? 自分の命がかかってんだぞ。自分の身は自分で守れば良い。他人が守る必要はない」


 ――ああ、やっぱり。こいつらとは、永遠に相容れることはないだろう。


 今まで何度も感じたことを、また突きつけられる。


 だが、Aは気づいていた。ベクルックスが何に苦しめられているのか。どうして前のような残忍さがなくなったのか。いや、気づいたというよりは悟った、といったほうがいいかもしれない。


 ベクルックス――もとい大沢伊月はずっと闇の中にいる。光の方に行きたくてずっともがいている。だが、本人はそれを認めようとしない。


「伊――」


「別に、理由なんてないよ」


 Aが口を開きかけたとき、Rが静かに言った。


「あ?」


 ベクルックスが眉をひそめる。


「仲間を助けるのに理由なんていらない。助けたいと思ったから助ける、それだけ」


「R……」


 後ろで固まっているUが呟く。



「……うざったいわね」


 回廊で一部始終を見ていたベガは毒づいた。


(少しやってもいいかしら)


 小型のナイフを懐から取り出し、Rの右肩に狙いを付ける。


 静かに息を吐き、右手に持ったナイフを軽く投げた。


「――!! 伏せろ……っ!」


 それに気づいた翔太が最後の力を振り絞り、Rを押し退けた。


「翔太……!」


 驚いて手を伸ばすAの目の前で、翔太の右肩をナイフが切り裂く――!


「う……っ!」


「翔太!!」


 押されてバランスを崩したRが悲鳴のような声を上げる。

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