第176話 手段

「ベガ!!」


 ベクルックスが回廊を見上げて怒鳴る。


「知らないわよ!」


 ベガも負けじと怒鳴り返した。まさか、ぐったりしていた翔太があんなに早く動くとは思わなかったのだ。


「しっかりしろ! 翔太!!」


 Aは倒れた翔太の側にしゃがみ込み、ウエストポーチから包帯を取り出した。


(まずい……この傷も思いのほか深い。早く病院に連れて行かねーと間に合わねぇ!)


『皆! 脱出して!』


 状況を察したのかKが叫んでいる。


「わかってる! けど……!」


 Aは思わず悲痛な声で叫んだ。それに驚いた一同がAを振り返る。


「――どうすれば良いんだよ!」


 入り口付近にはベクルックスとベガ。まだ下の階には幹部クラスの人間が潜んでいる可能性が高い。K達のナビがない今、動けない翔太を抱えて動くのはリスクが高すぎる。


「――諦めろ、木戸。貴様らにはもう逃げ場はない」



「――くそっ!」


 Kがらしくない声を上げ、歯噛みした。


「どうすれば……!」


 防犯カメラがないとは言え、何もできずにここで会話を聞いていることしかできないなんて――


 自分の無力さに、腹が立って仕方がない。噛み締めた唇が白くなる。


「……! K!」


 Yがなにかに気づき、叫んだ。Yのパソコンを覗き込んだKの目が見開かれる。


「……それしかないか。皆!」



『皆!』


 通信機から聞こえてきたKの提案に、Aは「え!?」と声を上げた。


「本気で言ってるのか!? そんなこと危険過ぎる! どこに誰がいるかわからないってのに!」


『この状況を打破するにはこれしかない! 高山君を早く病院に連れて行かないといけないんだ。これに賭けるしかない!』


「でも……!」


 Uが堪えきれずに声を上げる。


『手段を選んでいる場合か!』


 Kのらしくない口調に一喝され、Uは口をつぐんだ。


『責任は全部が取る。もし、これが失敗したら……オレは、自首する』



「……渡部君……?」


 Yが呆然と呟く。


「オレは、渡部財閥の次男だ。ずっとその覚悟を持って生きてきた。引き際なら、ここだろ。……危険なのはわかってる。けれど、これ以外に策はない。オレが指示する。絶対に成功させて見せる」



「……わかった。そこまで言うなら、賭ける」


 Kの覚悟を決めた声に折れたAは瞳に決意の色を宿した。


「皆! 行け!」


 Aが叫ぶと同時に三人は走り出していた。回廊から降ってくるナイフをギリギリでかわし、ベクルックスの横をすり抜けていく。


 それを横目で見ていたベクルックスはフッと笑みを浮かべた。


「何をする気だ? ――――。貴様らが何をしようと、この状況は打破できない。このビルにはアルタイルも、冬の大三角も潜んでいるんだからな」


 Aは、ベクルックスが発した言葉に顔をしかめた。


「……その呼び方はやめろ。俺は、そんなんじゃない」


「その減らず口もどこまで続くか楽しみだな。運命には抗えない。貴様も高山も、そして、オレも」


 ベクルックスの表情が、不意に暗くなる。

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