TARGET4 アンタレス

第15話 学園祭の出し物

 立ち昇る黒煙と真っ赤な炎が、瞬く星を覆い隠していく。


「離せ! 離せったら……!!」


 燃え盛るツインタワーの前には消防車やパトカー、救急車が止まり、野次馬も集まってくる。その中には木戸相賀の姿もあった。消防隊員に羽交い締めにされているが、それでも足掻く。


「ダメだって! そっちは…」


 その時、大きな音を立ててツインタワーが崩れ落ちた。


「退避ーっ!!」


 パトカーが数台瓦礫に押し潰され、野次馬もパニックになりながら逃げていく。


「あっ……ああ……」


 相賀はガクリとその場に膝をついた。


「うあああああーっ!!!」


 相賀の絶叫は黒煙とともに空に吸い込まれていった。


 黒煙が覆う空の隙間から、たった一つ、アルタイルが顔を覗かせていた。



「文化祭の出し物?」


 夏休み明けの朝。学級委員の安藤翼あんどうつばさに話し掛けられた高山翔太は聞き返した。


「そう。十月の初めにあるんだけどね、僕のクラスでは劇をやることになってるんだ。それで、ストーリーをどうするかっていうのを今日話し合うんだ。だから考えといてよ」


「……わかった」


 その様子を見ていた木戸相賀きどあいがはため息をついた。


(やっぱ心を開く気配はないか……)


 翔太は答えるとすぐに窓の方を向いてしまい、翼は気まずそうにその場を離れていく。


「おはよ、相賀」


 声を掛けられて振り返ると、渡部海音わたべかいと林拓真はやしたくまが立っていた。


「ああ……おはよう」


「どうしたん? ボケッとしとったけど」


「え? いや……考え事」


「ほ~」


 拓真は怪しげな目で相賀を見たが、すぐに普通に戻った。



 六時間目。話し合いが始まった。


「じゃあ出た案をまとめると……昔話をやる、オリジナルの劇を作る、もしくは劇ではなくミュージカルにするという案が出ました。しかし、後一ヶ月しかないので、ミュージカルは少し無理があるかもしれません」


「じゃあ提案なんだけど」


 口を開いたのは、黒野慧悟くろのけいごだ。


「オリジナルの劇にしようぜ。歌を劇にするってどうだ?」


「歌を劇にか……。悪くないかも」


 学級委員の辻香澄つじかすみが頷く。


「脚本誰がやんだよ?」


 相楽竜一さがらりゅういちが呆れたように聞く。


「明歩に決まってんだろ」


「わ、私!?」


 長谷明歩ながたにあきほが驚いたように立ち上がる。


「オメー、小説書いてるだろ? 良いじゃねえか」


「待ってよ! 確かに書いてるけどそれはただの趣味であってそんな、脚本とか書ける腕じゃ……」


 明歩が早口でまくしたてる。


 明歩が小説を書いているのは周知の事だ。よく休み時間になるとノートを縦に開いて書いている。本人はただの趣味だと捉えているようだが。


「いいじゃん、やってみたら?」


 神田柚葉かんだゆずはが言い、坂巻愛さかまきあい


「あっきーならできるよ」


 と口を挟む。


「ええ〜……」


 明歩は困ったように髪をかきあげた。


「じゃあ、脚本は一回保留で。明歩さん、考えててね。他にやりたい人がいたら、僕に言ってください」


「慧悟。オリジナルの劇って、具体的にどうするんだ?」


 ふと、阿部光弥あべみつやが訊いた。


「さっき言っただろ。歌を劇にしようと思ってたぜ。おもしれーだろ」


「歌を劇にか……悪くないかも」


 香澄が頷く。


「それじゃあ、先に劇のテーマを決めよう。それなら歌も決めやすいし」


 翼が言った。


「まあ、やりやすいのはやっぱ恋愛ものだろうな。悲劇的なやつとかいいんじゃないのか?」


 相賀が口を挟む。


「それか冒険ものやな」


 拓真も口を開く。


「スポーツ物語とかもええと思うけどなァ」


「あ、そうだ!」


 突然、中江詩乃なかえうたのが口を開いた。


「これ歌なんだけどさ、アンタレスはどう? 結構良い応援歌だし!」


「あー確かに。僕もあの曲好きだな」


 翼が頷く。


「……?」


 ふと、実鈴が翔太を見ると、翔太は自分の胸ぐらをつかんでいた。今にも泣きそうな壊れそうな、そんな顔をしている。


(何? あの表情……)


 ただ事ではなさそうだ――。実鈴は険しい目で翔太を見つめた。


「それじゃ、元にする曲はアンタレス。衣装は相賀、脚本は保留、小物作りはその他諸々ってことで。ところで長谷さん、脚本どうする?」


 翼が話をまとめながら明歩の方を見る。


「……わかった。やるよ。一週間くらいでいい?」


 明歩は諦めたように頷いた。 


「うん、助かるよ。じゃあまた一週間後に話し合おっか」


 その時、チャイムがなった。


「ほらー、チャイムなったぞー。帰りの用意しろー」


 話し合いをずっと静観していた三浦永佑みうらえいすけが声を上げた。



「なあ、明日ツインタワーに行かないか?」


 放課後、相賀が言った。


「ツインタワー?」


 石橋瑠奈が聞き返す。


 ツインタワーというのは、この星の丘のシンボルになっている二十階建てのタワーだ。正面向かって右がサンタワー、左がムーンタワーと呼ばれている。


「今、大富豪の秘蔵コレクションを展示してるだろ? その中のアメジストが盗品だったんだ。だからその下見」


「なるほどね。いいよ。明日は暇だし」


「じゃあ明日の十時にツインタワー前の噴水で」


「OK」



 翌日。瑠奈は噴水の縁に腰掛けて相賀を待っていた。


「遅いなぁ……。もう十時過ぎてるのに……」


 瑠奈が腕時計を見たその時、誰が横に腰掛けた。


「え?」


「やっぱり君か。奇遇だね」


 隣に座ったのは翔太だった。白Tシャツの上に青いパーカーを羽織り、黒いヘッドホンを首にかけている。


「なんでいるの?」


「アメジストの下見だよ。アレは僕も狙ってるんだ。どうせ、君達も同じ理由だろ?」


 パーカーのポケットに両手を突っ込んだ翔太は立ち上がった。


「どっちが盗めるか、楽しみだな」


 捨て台詞を吐いた翔太は、ヘッドホンをつけながらツインタワーに入っていった。


 瑠奈がその後ろ姿を見送っていると


「悪い! 遅くなった!」


 相賀が駆け寄ってきた。


「何やってるの!? もう二十分も過ぎてるじゃん! 自分で言ったくせに!」


「そう怒んなって。悪いな、寝坊しちまって」


「全く……」


「ま、行こうぜ」


 怒る瑠奈を宥めた相賀はツインタワーに入っていった。

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