第65話 必死の祈り

「大田君が……組織の仲間……?」


 雪美は閉まったドアを見つめながら呆然と呟いた。


「海音君は、どう――」


 どう思う、と訊こうとして海音を振り返った雪美は青ざめた。


 海音が、口を押さえてうつむいていた。背中が小刻みに震え、堪えきれなかった咳が時折こぼれ出る。


「海音君!? まさか……発作……!?」


 ストレスがかかったのか、海音は喘息の発作を起こしていた。咳がだんだん激しくなっていく。


「海音君! しっかりして!」


 涙目になった雪美は海音の背中をさすった。


「ご……めん……吸入……器……っ、落としたっ、みたい……」


 海音は声を絞り出しながら謝った。


「喋っちゃだめ!」


(お願い、誰か助けて……!!)


 雪美は泣きながらそう祈ることしかできなかった。



 自室のベッドで寝ていた唯音は、隣の部屋から聞こえてきた大きな音に飛び起きた。桜音の部屋からだ。唯音は慌てて部屋を飛び出し、桜音の部屋のドアをノックした。


「桜音? 入るぞ!」


 ドアを開けると――部屋の中には、桜音の他に雨月と初月がいた。部屋の中央に置かれた白いテーブルがひっくり返り、テーブルの上に置かれていたであろう、袋の開いたポテトチップスやコーラの入ったコップが床に散乱している。三人は零れたコーラを拭いていた。


「唯音お兄様……。ごめんなさい。私がテーブルに躓いて……」


 どうやら、躓いたはずみにテーブルをひっくり返してしまったらしい。唯音はホッと息をついた。


「それなら、手伝うよ」


 唯音はテーブルの上に置かれていた布巾を手に取り、コーラを拭き始めた。


 片付けを終えた唯音は桜音の部屋を出て、ふと、左側の部屋を振り返った。海音の部屋だ。


(熟睡してた俺でも起きたぐらいの音だったのに……。眠りの浅い海音が起きないわけないよな……)


 不審に思った唯音は海音の部屋のドアをノックした。しかし、返事はない。


「海音? 入るぞ」


 ドアノブに手をかけたが、鍵がかかっているようだ。


「……?」


 首を傾げた唯音は踵を返し、廊下を歩いていった。


 唯音はリドデッキに来ていた。階段を登り、柵に向かって進む。その時、何かを蹴った。


「ん?」


 拾い上げると、それは吸入器だった。


「これ、海音の……」


 パーティーの催促をしたとき、吸入器は落ちていなかったはずだ。となると、海音はパーティーのあとにリドデッキに来たことになる。パーティーが終わったのは午後九時。


(夜風で冷えているから、少し前に落としたのか……)


 海音は、いつも吸入器を服のポケットに入れている。


(……そういえば、ぼんやりとボートの音が聞こえたような……。けど、海音がボートを使う理由なんかないよな……)


 唯音は険しい表情で手に持った吸入器を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る