第68話 伊月の正体

(これが狙いだったのか……!)


 Xは歯噛みした。


 自分を仕留めてRとTを捕まえるにしても、二人が体力があればアルタイルといえやりにくいだろう。しかし、体力がない今、アルタイル一人で二人を片付けるのは簡単だ。


(とすると、他にも誰かいるはず……)


「はぁっ!」


 Rが回し蹴りを繰り出し、Tも拳を放つ。


(とにかく、やるしかない!)


 Xも飛び出そうとしたとき――視界の隅で何かが動いた。


「っ――!?」


 動いたものを見たXの目が見開かれる。


「……大、田……?」


 吹き抜けになっているホールの二階にいたのは、ベクルックス――大田伊月だった。拳銃を構え、冷酷な目でXを見下ろしている。


「え?」


「嘘やろ……」


 RとTも動きを止める。



「な!?」


 地下一階の廊下を走っていたAとUも通信機から聞こえてきたXの声に思わず足を止めた。


「伊月君が……組織の仲間……?」


 Uが呆然と呟く。


「……」


 Aは固定されたかのようにその場に立っていた。



 伊月はハァ……と息をついた。


「気づかなかったか? オレがただの転校生じゃないってわかってただろ? ――オレは大沢おおさわ伊月いつき。そしてベクルックスでもある」


 ベクルックスは言い終わると同時に引き金にかけた人差し指に力を込めた。


「――!!」


 Xは床を転がるように右にズレた。放たれた弾が床を弾く。


「おらっ!」


「きゃっ!」


 アルタイルも攻撃を再開し、蹴りをまともに受けたRが吹っ飛んだ。


「R! っ!」


 Rに気を取られたTにもアルタイルの拳が襲いかかる。



「どうしよう、皆が!」


 呆然としていたAはUの声で我に返った。


「……とにかく、二人を助けて脱出しよう。実鈴達が来るまで耐えるんだ」


「うん……」


 Uは不安そうな表情をしたが、走り出すAの後を追った。


「……実鈴か!?」


 Aは走りながら実鈴に電話をかけた。


『どうしたの?』


「単刀直入に言う。伊月は組織の仲間だ」


『……え!?』


 少し遅れて、実鈴の驚いた声が返ってくる。


「コードネームはベクルックス。サザンクロス――南十字星の一等星だ。Xがやばい!」



「――っ」


 実鈴はAの声に唇を噛んだ。


「……まだ、用意ができてないの。三十分はかかるわ」


『……わかった。急いでくれ』


「わかってるわ」


 電話を切った実鈴は顔を上げた。会議室の中で、警察が慌ただしく動いている。


(ごめんなさい。もう少し……耐えて!)


 歯がゆい思いを押し殺し、実鈴はテーブルに置いてある資料をめくった。



「くっ!」


 Xは激しく動きながらベクルックスが放つ弾を避けていた。しかし、マントには穴が開き、右頬には切り傷ができている。


「チッ、小賢こざかしい」


 ベクルックスは空になった弾倉を外し、新たな弾倉を装填した。


(今だ)


 Xはワイヤーを投げ、ベクルックスがいる回廊の手すりに引っ掛けた。


「――!!」


 ベクルックスは素早く銃を構えたが、Xがワイヤーを巻き取る方が早かった。しかし、ベクルックスは構わずに銃を撃った。


「っ!」


 弾が左肩を掠め、Xは思わずワイヤーから手を離してしまった。


「がはっ!」


 床に叩きつけられたXがうめき声を上げる。


 ベクルックスが倒れるXの心臓めがけて引き金を絞る。


「やめろーっ!」


 そこにTが飛び込んできた。Xを抱え、床を転がるように回廊の下に入る。


「チッ」


 銃でXを狙えなくなったベクルックスは舌打ちをした。

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