番外編 〜バレンタイン〜 後編

「さようなら!」


 帰りのHRが終わり、挨拶が教室に響く。


「相賀」


 瑠奈は拓真、海音と話している相賀に歩み寄った。


「今日、一緒に帰ろ?」


「いいけど……。勉強しなくていいのか? これでもテスト明後日からだろ?」


「いいの。……あと、できれば二人で……」


「まあ、構わないけどよ……」


「ありがと」


 瑠奈は耳を真っ赤に染めながら自分の席に戻った。


「すごい、瑠奈!」


 一部始終を見ていた詩乃と雪美が近づいてくる。


「よく誘ったね!」


「大声出さないでってば……」


「あ、ゴメン」


 ペロッと舌を出す詩乃に、瑠奈はため息をついた。


「それで、二人は渡したの?」


「うん! 昼休みに渡したよ!」


「私も」


 瑠奈の問に、詩乃と雪美が頷く。


「私だけかぁ……」


 自分で言い出したこととはいえ、やはり恥ずかしい。


 換気のために開けられた窓から吹き込んでくる冷たい風が、火照った瑠奈の頬を撫でていった。



「二年生なのよね?」


「うん、そう」


 香澄と実鈴は階段を降り、二年生の教室がある階にやってきた。


「確かA組だったはず」


 生徒数が少ない星の丘中学校だが、二年生だけはクラスが二つある。


 香澄が恐る恐るA組を覗くと、入口近くにいた女子生徒が二人に気づいた。


「誰に渡すの?」


 香澄が持っている紙袋に気づいたのか、優しく訊く。


「あ、えっと、堀内ほりうち寛人ひろと先輩に……」


「オッケー。――堀内君!」


 教室の隅でクラスメート達と談笑していた寛人は女子生徒の声に振り返った。


「あ、香澄ちゃん」


 香澄と寛人は吹奏楽部に所属しており、フルートを担当している。


 寛人は優しい笑みを浮かべて近づいてきた。


「どうしたの?」


「あ、あの……良かったらこれ、もらってください!」


 香澄は寛人に小さな紙袋を差し出した。


 一瞬驚いた寛人だが、ニッコリ笑う。


「ありがとう。じゃあいただきます」


 寛人が紙袋を受け取るや否や、香澄は走り出した。


「ちょ、辻さん!?」


 実鈴は慌てて寛人に頭を下げ、香澄を追いかけた。



 香澄は屋上にいた。壁に寄りかかり、頬を染めている。


「ゴメン実鈴ちゃん……」


「いいのよ。仕方ないもの」


「でも、渡せてよかった。先輩も受け取ってくれたし。ありがとう」


 香澄は頬を染めたまま微笑んだ。


 実鈴もつられて頬を緩めた。



 西日が街を覆っていく。


 相賀と瑠奈は並んで歩いていた。


 瑠奈が持っている手提げバッグの中には、相賀に上げるためのチョコレートのラッピング袋が入っている。


 さっきから何度も渡すチャンスはあった。しかし、勇気が出ないまま歩き続けている。もうそろそろ家についてしまう。


「瑠奈、テスト勉強どうだ?」


「とりあえずワークは終わってるから、苦手対策かな。圧力があんま理解できなくて」


「あー、パスカルとかか。面倒くさいよなー、あれ」


 そんな他愛もない話をしているうちに、相賀の家の前についてしまった。


「じゃあな」


「あっ……ちょっと待って!」


「ん?」


 家の門を開けかけた相賀が振り返る。


「……はい」


 チョコレートとともに出た声が掠れている。


「お、ありがとう」


 相賀は特に気にしていない様子でチョコを受け取った。


「手作りか?」


 透明なラッピング袋を見た相賀が尋ねる。


「うん。作ってみた。口に合うかはわからないけど」


「ま、見た感じそんなに変じゃなさそうだし、大丈夫だろ」


「言い方酷くない?」


 ハハッと笑い飛ばした相賀は優しく微笑んだ。


「――これ、俺だけのために作ってくれたんだろ?」


「え」


「じゃなかったら、朝みんなに配ってたときに渡してきただろ」


「……うん」


「サンキューな」


 夕日のせいなのか、相賀の頬が赤く染まっている。


「じゃあまた明日な」


「うん」


 瑠奈は相賀が家に入ってドアが閉まるまで、ずっと門の前に立って相賀を見送っていた。

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