番外編 〜バレンタイン〜 中編

 翌日。相賀が教室に入ると、女子はもう全員来ていた。


「作り過ぎちゃったからあげるよー」


 瑠奈がラッピングされたチョコクッキーを配っている。


「ありがとう瑠奈ちゃん」


 受け取った明歩が礼を言い、詩乃はもう食べている。


「わ、すっごく美味しい!」


「ほんと? 良かった」


 瑠奈はホッとしたように笑った。


 やがて始業のチャイムが鳴り、三浦永佑が教室に入ってきた。


「じゃあHR始める前に……。女子、見つからないようにしろよ」


 女子達は顔を見合わせてクスクス笑った。本来なら菓子を持ってくるのは禁止されているが、今日だけは見逃してくれるようだ。


 永佑はその後、何事もなかったかのようにHRを済ませ、教室を出ていった。



 昼休み。翔太は屋上で昼食を食べていた。


 翼にチョコを渡そうとたくさんの女子が教室にやってくるため、逃げ出してきたのだ。


 昼食を食べ終わった翔太は柵に寄りかかり、青空をぼんやりと眺めていた。


「あ、あの……」


 小さい声に振り返ると、知らない女子が立っていた。セーラー服のリボンの色からして、二年生だろう。


「はい……?」


「ほら、行きなよ」


 翔太に声をかけた女子生徒の後ろにはもう一人女子生徒がいる。


「わ、私、遠藤えんどう美宙みそらっていいます。高山翔太君……ですか?」


「……そうですけど……」


 翔太は眉をひそめた。


「と、突然ごめんなさい。文化祭で高山君の演技を見たとき、すごいびっくりしたんです。電気が走ったっていうか、そんな感じで」


 柔らかい日差しが美宙がかけている華奢な眼鏡のレンズを光らせる。


「その……その時に一目惚れしたんです! 今すぐは無理かもしれないけど、付き合ってほしいです!」


「……」


 翔太は、美宙が頭を下げながら差し出したラッピング袋を見つめた。手作りだろうか。小さなアルミカップの中で固められたチョコレートが数個、入っている。


「……」


 翔太は驚いた表情をしたが、オッドアイを閉じてすぐに開いた。その表情は氷のように冷たくなっていた。


「ありがとうございます。けど、ごめんなさい。付き合えない」


「……ですよね。ごめんなさい急に」


 美宙が顔を上げ、恥ずかしそうに笑う。けれど、レンズの奥の瞳は潤んでいた。


「違うんです。きっと……僕が何もないただの中学生だったら、そのチョコ、受け取っていたかもしれないです。僕が付き合いたくないんじゃなくて、付き合えないんです。うまくまとめられないですけど……」


「ただの中学生だったら……?」


 意味がわからないのか、美宙が首を傾げる。それもそうだろう。


 自分は家族を極悪非道の組織に殺されて自身も命を狙われている怪盗Xだ、なんて、口が裂けても言えない。けれど、ただ突っぱねるだけでは美宙が傷つくだろう。ここは曖昧にしておくしかない。


「……わからなくてもいいです。だから、僕はあなたとは付き合えない……。ごめんなさい」


「……わかりました。高山君の事情はわからないけど、それ相応の理由があるんですよね。突然ごめんなさい」


 美宙はもう一度頭を下げ、翔太に背を向けた。


「ありがと羽花わか。着いてきてくれて」


「いいの?」


「いいのいいの、伝えられたし」


 翔太は屋上を出ようとする二人に「あの」と声をかけた。二人が振り返る。


「――好きになってくれたのは、嬉しいです。ありがとうございます」


 美宙はニッコリと笑った。詩乃のような人懐っこい笑顔で。


「――普通の中学生だったら、か……」


 閉まった扉を見つめながら、自分が発した言葉を反芻はんすうする。


 もし、家族が生きていたら。昨日の誕生日を祝ってくれただろう。二月十三日の金曜日というキリスト教徒にとっては不吉な日に産まれた自分と、そんなことは気にせずにケーキを食べれただろうか。


 いつの間にか空には雲が立ち込めていて、切なげにオッドアイを細める翔太に雪が降りかかり始めた。

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