第216話 『木戸相賀』
と、その時。
「相賀!!」
裏返った瑠奈の声が響き渡った。
「――!?」
驚いて振り返ると、瑠奈が丘を駆け上がってくる。
相賀は慌てて逃げ出した。いつかのように、捕まるわけにはいかない。
もう、甘えることはできないのだから。
「逃がさないよ!」
スケボーに乗った翔太が、相賀の横を通り過ぎる。かと思いきや、翔太は思い切りスケボーを九十度回転させた。そして相賀の進行方向を塞ぐ。
「――また逃げる気だろ」
鋭いオッドアイに射抜かれ、相賀は言葉に詰まった。
「逃げんな。ちゃんと受け止めろ。一回逃げたら、受け止めるのがどんどん難しくなる。元々受け止めがたいことなんだ。向き合えよ。抗うって決めたんだろ。だったらちゃんと、前見ろよ!」
いつになく鋭い声が、相賀に突き刺さる。
それから逃げたくて辺りを見回すも、いつの間にか、拓真、詩乃、海音、雪美が包囲していた。
向けられる視線が、痛くて、辛い。
「背中向けてうずくまって、そんなんで抗えるわけあるか!」
鋭い、だが、深い悲しみをたたえたオッドアイが、相賀を捉えて離さない。
「相賀!!」
瑠奈の声が、すぐ近くに聞こえる。
「――瑠奈」
相賀は肩を落として口を開いた。
「俺はもう、相賀じゃ――」
言いながら振り返った時。パンッという高い音と共に、相賀の左頬が焼けるように熱くなった。
瑠奈が平手打ちをしたのだと理解するまで数秒かかる。
「バカ!!」
右手を下ろした瑠奈は、相賀の服をつかんだ。
中学校に入学した時は同じくらいの背丈だったのに、いつの間にか、相賀の方が高くなっていた。
「前にも言ったでしょ!? なんで相談してくれないの!? なんで一人で行動するの!? 私達、なんのためにいるの!?」
涙をこぼしながら、訴える。相賀はうつむいたまま、何も言わない。
「どこがヤワじゃない、よ……相賀、もう壊れそうだよ……相賀が私を誘ったのは、こういう時、背中を預けられる相棒が欲しかったから、じゃないの……?」
「……瑠奈」
相賀が小さな声で、呟くように言った。その声に、色は無い。
「俺は、相賀じゃない」
「――!!」
目を見開いた瑠奈は、力なく手を下ろした。
「……抗うのやめたの?」
瑠奈の声は、震えていた。
「諦めた、わけじゃない。でももう、『木戸相賀』として皆のそばにいることはできない」
血を吐くような、声だった。瞳には光がなく、なんの感情も感じない。
組織に行くつもりはなかった。だが、クラスメートまで巻き込んでしまった今、もう、皆に甘えることはできない。
「……何言ってんの」
瑠奈が、ポツリと言った。
「『木戸相賀』じゃないとか、わけわかんない。相賀は相賀でしょ、違うの!?」
頬に流れた涙を拭った瑠奈は、真っ直ぐに相賀を見上げた。
「『木戸相賀』でも『大沢那月』でも『アクルックス』でも、呼び方が違うだけで、全部相賀だよ! 私に……私達にとっては、全部、相賀なんだよ!」
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