番外編 クリスマス

「わあっ、プレゼントだー!!」


 十二月二十五日。朝七時。無邪気な声が家中に響き渡った。


 クリスマスツリーのそばに置いてあったプレゼントの包装紙を破り取っているのは、まだ小学生ほどの男の子――大沢那月だ。


「おはよう、那月」


 真優が、欠伸をしながら寝室から降りてくる。


「あ、母さん! 見て!」


 那月が満面の笑みで見せてきたのは、ずっと欲しがっていた天体望遠鏡の箱だ。


「良かったね〜サンタさん、来てくれたんだね」


「うん!」


 頷いた那月は、早速箱を開けて望遠鏡を組み立て始めた。大はしゃぎしている那月を、真優は優しい目で見ていた。



「お母さん! お父さん!」


 ドタドタと階段を駆け上がり、ダブルベッドで寝ている両親の上に飛び乗ったのは、瑠奈だ。


「うげっ!」


 腹に瑠奈の全体重がかかった悠里が、呻き声をあげる。


「ジグソーパズル来てたー!!」


 瑠奈はそんなこと微塵も気にせず、満開の笑顔でそう言った。


「来てたの? 良かったね〜」


 瑠奈の手が顔に直撃した望が、苦笑いしながら瑠奈の頭を撫でた。



「お、来てたんやな。せっかくやし、飯食うたらキャッチボールするか?」


 拓真の持つ箱から覗いている新品のグローブを見た父親が、そう言った。


「せやけど、外、雪積もってるで」


 箱からグローブを取り出した拓真が、窓の外を見た。


 前日の夜から降り出していた雪が、数センチ積もっている。


「何言っとるんや。子どもは風の子言うやろ? 今日は店も休みやし、ちょうどええやん」


 父親はそう言うとキッチンに向かった。


「いいじゃん、遊んできたら? せっかくお父さんが休みなんだから」


 ガーリーなバッグを大事そうに抱えた水希がそう言う。


「ああ見えてお父さん、拓真とキャッチボールするの楽しみにしてたんだよ」


「……まあ、ええか」


 拓真の口元が、フッと緩んだ。



「お兄ちゃんお兄ちゃん! 起きてよー!」


 寝癖で髪がぐしゃぐしゃになっている詩乃は、恒が被っている布団を剥がそうと躍起になっていた。


「プレゼント来てるよー!」


 二人が一緒に寝ている部屋の隅には、二つの包みが置いてあった。


「詩……俺眠いんだよ……寝かせてよ……」


 恒は寝ぼけ眼で布団を引っ張り返した。


「ええー! プレゼント見ないの!?」


「見るけど……後で……」


 恒はそう言って、頭まで布団に潜ってしまった。


「ねえお兄ちゃんってばー!!」


 詩乃の大声が家中に響き渡った。



「あ、おはよう、海音」


 海音が自室からリビングに降りてくると、もう唯音と桜音は起きていた。それぞれの手にはクリスマス柄の包みがある。


「おはよう、兄さん。何頼んだの?」


「ウエストバッグだよ。リュックしか持ってなかったし、軽く出かける時は使い勝手が悪かったからね。桜音は?」


「百人一首だよ」


 桜音が見せた小さな箱には『小倉百人一首』と筆文字で書いてあった。


「百人一首?」


「うん。テレビで見たんだけど、すごく面白そうだったから」


「桜音は昔のものが好きだよね」


「海音お兄様は?」


「僕はこれだよ」


 海音が頼んだのは、プログラミングができるおもちゃだった。


「そう言う海音も、パソコンいじり好きだよな」


 ハハッと笑った唯音が、プレゼントを大事そうに抱える二人を優しい瞳で見つめる。


「……どうしたの? 唯音お兄様」


 その視線に、桜音が気づいた。


「いや。……弟と妹が喜んでるのを見るのは、兄として嬉しいなって」


 顔を見合わせた海音と桜音が吹き出す。


「な、なんだよ。今いいこと言っただろ!」


「いや、兄さん、いつもそんなこと言わないじゃん!」


 大笑いする海音がそう言う。


「そうですよお兄様!」


 普段あまり声を出して笑わない桜音も、腹を抱えて笑っている。


「たまにはいいだろー!」


 そう言う唯音も、思わず吹き出した。


 笑い合う三人を、宇野がドアの隙間からそっと見守っていた。



「わあっ、可愛い!」


 雪美が開けた箱から出てきたのは、水色のセーターを着たクマのぬいぐるみだった。


「あ、雪美、ぬいぐるみにしたんだね」


 口を挟んできたのは、春美だ。


「うん。枕元にぬいぐるみ置くの、憧れてたんだ。春美姉さんは?」


「これだよ」


 春美が見せてきたのは、手のひらサイズのゲーム機だった。


「香澄ちゃんが持ってるのをやらせてもらったことあるんだけど、キャラがすごく可愛かったの!」


 電池はもう入っているらしく、春美は説明書を見ながら初期設定をしていく。


「ほら、雪美も見る?」


「うん!」


 ぬいぐるみを大事そうに抱えた雪美は、瓜二つの顔を春美に近づけた。



「わあっ、スケボーだ!」


 包装紙の下から覗いた箱を見て、翔太は顔をほころばせた。


 以前、テレビで見てからずっとやりたいと思っていたスケボー。それがプレゼントとして届いていて、翔太のテンションはMAXだった。


「良かったな、翔太。後でスケボーパーク行ってみるか?」


「うん!」


 オッドアイを細めて無邪気に笑う翔太と、その頭を撫でるレオンに、とあが近づいてきた。その腕には、首が座ったばかりの風斗が抱かれている。


「おはよう、風斗」


 柔らかい頬を優しくつつくと、寝ぼけ眼の風斗がふにゃりと笑う。


 それを見た翔太の胸に、暖かいものが広がっていった。



「お姉ちゃん、見て!」


 大はしゃぎの紬が広げたのは、真っ白なマフラーと水色の耳当てだ。


「可愛い! サンタさんくれたの?」


「うん! お姉ちゃんのもあるよ!」


「え?」


 驚いた実鈴がリビングを覗くと、テーブルの上にもうひとつ包みが乗っている。


(私、頼んだ覚えないんだけどな……)


 だが、両親を亡くしている自分にプレゼントを贈ってくれる相手は、一人しか思いつかない。


 キッチンを振り返ると、パジャマ姿の大空がニッコリ笑っている。


(……やっぱり)


 苦笑した実鈴は、包装紙を剥がした。中には、ハードカバーの本が三冊。全てミステリーが題材だ。


「良かったね、実鈴」


 大空が、優しい笑顔で話しかけてくる。


「……うん。ありがとう」


 実鈴は照れくさそうに微笑んだ。



 プレゼントなど、もらったことは無い。クリスマスだろうがなんだろうが、訓練をして、任務をこなすだけ。そんな、やりがいも充実感も何も無い毎日。


 だが、ベクルックスはそれで良かった。というより、どうでもよかった。自分は、そう言う運命の元に産まれた人間なのだから。今更何をしたって、抜け出せるわけじゃない。そう、思っていた。


「伊月」


 訓練を終え、廊下を歩いていた伊月は呼び止められ、振り返った。そこには、佳月が立っていた。


「父上」


「……これをやる」


 少し躊躇った後、佳月は小さな包みを取り出した。


「? ありがとうございます」


 伊月が包みを受け取ると、佳月はそそくさと歩いていった。


 自室に戻った伊月は、首をかしげながら包みを開けた。中には、深緑色のマフラーが入っている。


「……父上……」


 今まで、プレゼントなどくれたことはなかったのに。


 しばらく目を丸くしていた伊月は、フッとその目を細めた。


「……ありがとうございます」


 小さく、でも、最大限に気持ちを込めて、伊月はそう呟いた。

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怪盗Rと怪盗A 瑠奈 @ruma0621

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