第215話 砕けた心

 雪はやみ、雲間から夕焼けが差し込んでいた。


 大沢佳月は、ビルの最上階にいた。


 全面ガラス張りの窓から夕焼けに染まる街を眺めている。


 と、スーツのポケットに入っているスマホが震えた。スマホの画面を見た佳月の表情が、みるみる怒りに染まっていく。


 スマホを床に叩きつけた佳月は、履いている革靴でそれを踏みつけた。


 スマホの液晶画面は大きなヒビがいくつも入り、真っ暗になってしまった。


「……裏切り者め……!!」

 


「――悪い。頭を冷やさせてくれ」


 ほとんど話さず、相賀のその言葉だけで解散した瑠奈達は、夕焼けに染まる道を歩いていた。


 並んで歩く一同は、一言も発しない。曲がり角で一人、また一人と別れていき、最後には、瑠奈と相賀が残った。


「……どうして、教えてくれなかったの?」


 瑠奈の家の前。立ち止まった瑠奈は、そんな質問を投げかけた。


 何を言おうか、ずっと考えていた。だが、何も浮かばなかった。結局、こんな質問しか思いつかなかったのだ。


「………………」


 瑠奈より数歩先で立ち止まった相賀は、何も言わない。瑠奈を振り返ろうともしない。


「私、相賀がずっと苦しんでたのわかってたのに、何もできなかった! 一人でずっと、悩んでたんでしょ!? 教えてくれれば、少しは――」


「やめてくれ!!」


 訴える瑠奈を遮るように、悲痛な声が響いた。


 相賀は、両耳を手で塞いでいた。


「同情なんていらない。寄り添うとか考えなくていい! だから……だから話したくなかったんだよ! お前達との関係が、崩れるから……俺が、信用できなくなるから……」


 相賀の声が、だんだん小さくなる。


「相賀……」


 突然、相賀が走り出した。


「あっ……待って!!」


 瑠奈は思わず手を伸ばしたが、届くはずもなく。


 相賀は自宅に駆け込んでしまった。


「…………っ」


 残された瑠奈は、空を切った右手を強く握りしめた。



 家に駆け込んだ相賀は、力なく玄関ドアに寄りかかった。そして、ドアに背中を滑らせて座り込む。


 自分がアクルックスだとバレた時の、皆の顔。相賀にとって、一番してほしくなかった顔。それだけが脳裏を駆け巡る。


 ――もう、おしまいだ。


 どうしようもない絶望と後悔が、相賀を包み込んだ。



 夜も更けた頃。相賀は、いつもの丘にいた。


 濃紺の空を見上げれば、冬のダイヤモンドが輝いている。


 芝生に寝転んだ相賀は、ぼんやりとそれを見上げた。瞳に映りこんだ一等星が、ゆらゆらと揺れる。


 ――自分もあの中に行けば、こんなことにはならなかったのかもしれない。けれど、そうしたら自分も伊月のように、平気で人を殺す人間になっていたのだろう。


(……そういえば、アクルックスって……)


 実鈴と紬を助けに行き、フォーマルハウトと戦った時。相賀の頭の中で、誰かが話しかけてきた。気が休まる時間がなかったため、今の今まで忘れていたが、確かにその誰かは『アクルックス』と名乗っていた。


(あれは、もしかして……)


 アクルックスとして生きている自分、なのか。


 自分以外は関係ない、そんな発言をしていた記憶がある。だが、相賀自身はそれで奮起することができた。


 『答えは出ているはず』と言われた。確かに、とっくの昔に答えは出ていた。だが、それを隠して、違う答えで上書きして、ここまで来てしまった。


(……ダメだなあ、俺は)


 むくりと起き上がった相賀の瞳には、まだ光はなかった。

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怪盗Rと怪盗A 瑠奈 @ruma0621

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