第203話 目的

「チッ、調子狂うな」


 舌打ちをしたフォーマルハウトも歩いていく。


「…………」


 実鈴は気づいていた。フォーマルハウトに向けていたベクルックスの銃口が、微かに震えていたのを。真っ暗な目も揺れていた。


(……本当に、何したのよ)


 ベクルックスの性格は、転校してきた時から変わりすぎている。あのころのベクルックスだったら、フォーマルハウトが言っていた通り、ここで自分が殺られても何も言わなかっただろう。


(理由はわからないけど……もし、あるとしたら)


 フォーマルハウトも理由がわからないのなら、組織内で何かあったとは考えにくい。それなら――


(クラス、よね)


 このクラスはほとんどが小学一年生からの仲だ。


(何か思うところでもあったのかしら)


 前に、その話を相賀としたことがある。もちろん結論は出なかったが。


(……でもこれなら、ベクルックスが皆に危害を加えることはなさそう。とすると、止めるべきなのは……)


「相変わらず身軽だな!」


「っ!」


 実鈴は、バク転で蹴りを避けられたフォーマルハウトに目を向けた。


(こっちよね)


 実鈴は密かに反撃のチャンスを伺い始めた。



「ベクルックス」


 実鈴達から離れたベクルックスのそばに、ベテルギウスがやってきた。その右耳には通信機が着いている。


「なんだ」


「気づかれかけてる。急いだ方がいい」


 ベテルギウスの報告に、ベクルックスは舌打ちをした。


「思ったより早かったな……スピカとレグルスにも連絡しておけ」



(攻撃は入ってるけど……! 埒が明かない!)


 右ストレートをガードされたRは奥歯を噛み締めた。


 初めてアルタイルと戦った時よりは、Rは断然強くなっている。攻撃も入るようになっている。だが、そもそもの経験値が違う。アルタイルは元々組織の幹部として拳を奮ってきた。しかし、Rは空手の教室で同じような実力の人間と手合わせをしていただけ。その差は歴然で、そうそう埋められるものでもない。


 攻撃が入ったとしても、アルタイルにはほとんどダメージは入ってない。これでは、Rの体力が減っていくだけだ。


(どうすれば……!)


 風切り音と共に飛んできた回し蹴りをバックステップで避けた時。


「貴様ら! やれ!」


 突然、ベクルックスの怒鳴り声が響き渡った。


「ハッ!」


 返事をしたアルタイルは、ものすごい勢いでRに突進してきた。


「っ!」


 怒鳴り声に気を取られていたRは慌てて右に避けるも、方向転換したアルタイルは素早くRの右腕を掴んだ。そして後ろ手にひねり上げる。


「いっ……!」


 Rは右肩を押さえながら思わず膝を着いた。


『皆!!』


『嘘……!』


 KとYの焦ったような声が聞こえるが、Rは動けなかった。この体制では、技を繰り出すことはできない。


「ぐあっ」


 悲鳴が聞こえて顔を上げると、フォーマルハウトがXを地面にねじ伏せていた。


 Aはベガに羽交い締めにされて首元にナイフを向けられていて、Tはプロキオンにフェンスに押し付けられている。Uは意識はあるものの、倒れたままだ。シリウスがそばで片膝を着いている。


 一瞬で、全員が拘束されてしまったのだ。


 ベクルックスが、屋上の中央に進み出た。取り押さえられた怪盗達を見回し、フッと息を吐く。


 真っ暗な空から、雪が再び舞いだした。

 

「……そんなに我々の目的が知りたいのなら、教えてやる。まあ、気づいているとは思うがな。そうだろ? ――アクルックス」


「――!!」


 アクルックスの顔から、一気に血の気が引く。


 ――嫌だ。バレたくない。バレたら、もう皆と一緒にはいられない。言わないで。


「我々はアクルックスの正体をバラすために、ここに全員を集めた。よくもまあ、今まで隠し通せていたものだな。気づかなかった貴様らも貴様らだが」


 ――嫌だ嫌だ嫌だ。止めたい。言われたくない。バレたくない。でも、今声を上げたらそれでわかってしまう。


 アクルックスには、ベクルックスを止める手立てなどなかった。


「先に言っておく。アクルックスは、オレの兄だ」


「――!?」


 一同が驚いて目を見開く。


「そうだろう? アクルックス。いや――」


 ――もうやめてくれ!!


 声を出したら、バレてしまうのはわかっている。それでも、押しつぶされてしまいそうな絶望感に、声をあげずにはいられなかった。


「――木戸相賀!!」


「――ああああああああああ!!」


 二人の大声が、雪の舞う空に響いた。

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