第3話 刺客
頷きあった二人はビル内に通じるドアに駆け寄った。Aが鍵開けツールでかかっていた鍵を開ける。
「じゃあ、計画通りな。警備員が粗方下に行くまで俺はここで待機してる。このビルにいる警備員は二十人。八割程度集まったら、連絡してくれ」
「その連絡は、これでするんだよね」
Rは耳にかけた通信機を指した。
「そうだ。もし警備員が予想外に強かったら、さっき渡した目くらましを使え」
「OK!」
頷いたRは階段を駆け下りた。
「ぐあ!」
十階のフロアで鉢合わせした警備員に回し蹴りを食らわせると、更に階段を駆け下りていった。
屋上に通じるドアの前で待機していたAの通信機に「OKだよ、A」と連絡が入ったのは、Rと別れて僅か五分後のことだった。驚いて腕時計を見る。
「まだ五分しか経ってないぞ!?」
「早いほうが良いじゃない。この人達、あっさり集まってくれたし……ね!」
ドガッという鈍い音がする。
「わかった。盗んだら連絡する」
「OK!」
Aは階段を駆け下り、ターゲットがある部屋に向かった。その後ろ姿を、角から見つめる人影がいた。
Rから連絡を受けたAは階段を駆け下り、八階にある金庫室に向かった。そしてあるドアの前で立ち止まる。
「ここか……」
ドアの横についているキーパッドに近寄り、ポケットから数字が書かれた紙を取り出し、キーパッドを操作する。
「えーと二と八と……」
事前に調べておいたコードをキーパッドに打ち込むと、ドアのロックが解除された。スマホで部屋の中の監視カメラがハッキングされていることを確認し、中にはいる。
中は壁に沿って大きな棚がズラリと置かれ、ガラスケースに入れられた宝石類が並んでいた。
「どんだけ集めてんだよ……あ、ここか……」
半分呆れながら部屋の隅に置かれた耐火金庫に近づき、ダイヤルを回してロックを解除する。
中にはキレイに透き通った大粒のサファイアが鎮座していた。
「写真より数倍キレイに見えるな……」
思わず見惚れてしまったAはハッとすると黒手袋をした手をサファイアに伸ばした。ウエストバッグから取り出した青い布に何重にも包んで慎重にウエストバッグに入れる。そして金庫の扉にオシャレな字体で【A】と書かれたカードを貼り付けた。
「R、盗んだぞ」
通信機に話し掛けると、『OK!』と返事が帰ってきた。
「それじゃあ手筈通りに屋上に来てくれ」
通信機から手を離したAは部屋を出て走り出した。
しばらく廊下を走ったAは突然立ち止まった。そしてバッと振り返る。しかし、誰もいない――。
「おかしいな……気配がしたんだけど……」
その時、背筋に悪寒が走った。思わず振り返りざまに後ろに飛び退る。見ると、丁度Aが立っていた辺に拳が振り下ろされていた。大柄な男がAを殴ろうとしたのだ。
不意に頬に痛みを感じ、手袋をした手で拭うと血がついていた。
(え!?)
確かに、風圧が頬を撫でていった。しかし、普通風圧だけでは怪我はしない。
(風圧だけで切れた!? 冗談じゃねえ。何なんだコイツ!?)
男は無表情でAを見下ろしている。二メートルは優にありそうな高身長で、黒いレザージャケットにズボンを履いた男はいきなり回し蹴りを放った。
「くっ!」
ギリギリで避けたものの、風圧だけでふっ飛ばされそうな勢いだ。
「何なんだよお前!? ただの警備員じゃないだろ!?」
声色を変えたAが叫んでも、男は無表情のまま蹴りや突きを連続で繰り出してくる。Aは避けるのが精一杯だ。と『屋上ついたよ』とRから連絡が入った。
(そうだ! 瑠奈に来てもらえば……)
Aは通信機のボタンを押してRを呼ぼうとした。その時、男が隙だらけのAに突進した。
「しまっ……!」
気づいた時には遅かった。男の回し蹴りをもろに食らったAは吹っ飛び、壁に叩き付けられた。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げたAはその場に倒れた。耳から外れて床に転がった通信機から『A!? A! 返事して!!』とRの声が聞こえるが、男は通信機を踏み潰した。
「……!!」
Rは屋上へ続く階段を駆け上がっていた。そして階段の突き当たりにあるドアを開けて屋上に出る。Aはまだ来ていなかった。
「屋上ついたよ」
通信機のボタンを押して呼び掛けると、一瞬の間の後に『ぐあっ!』とAの悲鳴が聞こえてきた。それと同時に、ドガッとなにかに衝突する音も聞こえた。
「A!? A! 返事して!!」
必死に叫ぶが、もう雑音すら聞こえない。Rはすぐに踵をかえし、階段を駆け下りた。
壁に背中を強打したAは動けずにいた。通信機を踏み潰した男は粉々になった通信機とAを蔑んだ目で交互に見ていた。
「――フン。最近街を騒がし始めていた怪盗Aがこんな小物だとはな。まあ、我々の計画に邪魔なのは変わりねえが」
(計画?)
Aが内心首を傾げたとき「息止めて!」と何処からかRの声が聞こえた。
Aが咄嗟に息を大きく吸って止めると、小さな赤いボールが飛んできて男の頭に当たった。ボールが割れ、中に入っていたガスが男に降りかかる。
Aはそのボールを見たことがあった。このビルに忍び込む前、目くらましだと言ってRに渡した催眠弾だ。熊でも吸い込めば三十分は寝ているくらいの強力なものだ。
「A、大丈夫?」
Rもそれでホッとしたのか、倒れた男を気にせずにAに近寄る。
「ああ……なんとかな」
ようやく感覚が戻ってきた体を起こしたとき――Aは目を見張った。Rは確かに催眠弾を男に直撃させたはずだ。そして男は催眠ガスを吸ったはずだ。しかし、男はゆらりと起き上がっていた。そしてRに拳を振り下ろす――!
「避けろ!」
Aは叫ぶと共にRの腕を引っ張って床に引き倒した。男の拳がRの頭上を通過する。
「な、なんで……」
Rが呆然と呟く。その頬にスッと血が流れた。
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