第2話 怪盗デビュー!
「えっ、あ、ちょっと待ってよ!」
瑠奈が慌てて追いかける。相賀は自室のベランダに立ち、手すりに寄り掛かって景色を眺めていた。側には天体望遠鏡が置いてある。もう空は茜色に染まりつつあった。
「何? さっきの話」
「忘れろって言ったろ」
相賀は瑠奈の顔を見ようとしない。
「そんなのできない。なんで犯罪者になったの?」
「犯罪者って言い方は好きじゃないな。もう少しマシな言い方ないのか?」
「はい?」
瑠奈が眉をひそめると、相賀はようやく瑠奈を見た。今にも泣きそうな、怒りそうな顔をしている。
「……警察に通報するか?」
「そんなわけない」
瑠奈は即答した。
「だから、聞かせて。どうして怪盗なんてやってるのか」
相賀は目を伏せて再び前を向いた。
「……長くなるぞ」
「聞かせて」
瑠奈がハッキリ言うと、相賀は息をついて重い口を開いた。
「俺が怪盗になったのは母さんの影響だ」
相賀はゆっくりと話し始めた。
「知ってるか? 三年前、数ヶ月日本を騒がせて忽然と姿を消した怪盗Mを……」
「あー、そういえばニュースで見たことあるよ」
「それが俺の母さんだ」
「……え!?」
相賀が言ったことを理解するのにたっぷり五秒かかった。
「母さんが病気で死んで、親戚のはからいでここに引っ越してきたって、瑠奈ん家に挨拶に行った時に言ったろ?」
「言ってたね」
「引っ越してくる前に家の片付けをしてたら、母さんからの手紙を見つけたんだ」
三年前。母親――
「何だ? これ……」
何気なく開いてみたそれには、驚きの内容が記されていた。
「それには、母さんが怪盗Mであること、ずっと騙していて悪かったという謝罪、そして、俺に怪盗を継いでほしいという頼みが書かれていた」
「……」
瑠奈は何も話せなかった。
「もちろん、最初は驚いたさ。でも、怪しい節もあったから納得できた。母さんは医者だったけど、出張っていってしょっちゅう家を開けてたんだ。その時期がMが出没していた時期と毎回重なってたから、もしやとは思ってた」
空はもうすっかり暗くなり、一番星が光りだしていた。
「でも、どうして怪盗をやっていたのかはわからなかった。手紙には、ある人を止めたいから怪盗をやっていたとしか書いてなかった。母子家庭だったから、母さんにめちゃくちゃ迷惑かけてきたし、親孝行の意味もあってAを始めたんだ。でも俺一人じゃ限界があった。武道とか、やってなかったからな。この三年で少しは身につけたけど。使えんのはこれだけだ」
相賀は人差し指で自分の頭を指した。
「だから瑠奈を誘ってみようと思ったんだ。お前、空手の黒帯持ってるだろ? 俺よりは戦力になると思ってな」
「……事情はわかった。それで、何でここに引っ越してきたの?」
「前にここのテレビ特集を見たことあったんだよ。天の川がハッキリ見えるってところに惹かれてな。幸い俺が元々住んでいたところはここからそう遠くなかったからここに決めたんだ」
「なるほどね。それで、どうしろと?」
「別に。話しただけだ」
「怪盗やるんでしょ? どうすればいいの?」
相賀は驚いて瑠奈を振り返った。
「……犯罪者になるぞ」
「犯罪者って言い方は好きじゃないって言ってなかった? 相賀だけにそんな重圧背負わせない。二人で背負えば少しは軽くなるでしょ?」
「瑠奈……」
相賀の目にはうっすらと涙が浮かんできていた。
「まず、俺が今まで盗んでたのは全て盗品の宝石だ」
翌日。放課後に再び木戸家を訪れた瑠奈は、アジトに通されて相賀から説明を受けていた。
「正規ではない手順を使いまくってるが、盗品の宝石の居場所を調べて盗みに行ってる」
「犯罪者って言い方は好きじゃないっていうのは、義賊だったからね」
「そうだ。大体夜の二時くらいに行ってるな」
瑠奈は「やっぱそれくらいの時間になるよね……」とため息をついた。
「俺も瑠奈も部活入ってないし、早めに帰って仮眠をとればなんとかなるさ」
相賀はテーブルからリモコンを取り上げ、操作した。部屋の電気が消え、天井に取り付けられたプロジェクターが壁に映像を投影する。
「今回のターゲットは大粒のサファイア、『マーメイド・ブルー』。サファイアの中でも透明度がトップクラスの宝石だ。元々ある大金持ちが所有していたんだが、何者かに盗まれたらしい」
投影された映像には、キレイに透き通ったサファイアが映っている。と、映像が切り替わった。十階ほどのビルが映っている。
「ターゲットがあるのはこのビルだ」
「一見普通のビルだけど」
「それがそうでもないんだ。このビルはある小さな会社が持っているものだが、社長が腹黒でな。社員にロクに給料を払わずに趣味の宝石収集に充てているらしい。このサファイアも、盗品だとわかっていながら闇オークションで競り落としたらしい」
相賀が肩をすくめると、瑠奈はソファの背もたれに体を預けた。
「なるほどね。それで、計画は? 相賀のことだから、綿密なんでしょ?」
「流石。わかってるな。今週の土曜日だ。正確に言えば日曜だけどな。一時半にここに集合して、ビルにつくのは二時くらいだ。警備員が二人正面入口に立ってるから、気付かれないように屋上から侵入する。ターゲットがある部屋は八階にあるから、瑠奈はそれより下の階、五階くらいで騒ぎを起こしててくれ」
「警備員を全員集めて、盗みやすくするのね」
納得した瑠奈は「あ」と立ち上がった。
「ゴメン。五時から空手の稽古だから、もう帰らなきゃ」
「もうそんな時間か。じゃあ瑠奈。明日はアイテムとか渡すからよろしくな」
「うん、じゃあね」
軽く手を振った瑠奈はアジトを出ていった。
瑠奈――いや、怪盗Rはターゲットがあるビルの屋上にいた。少し丈が長いくすんだ赤いジャケットを着て、赤いミニスカート、黒いレギンスを身に着けている。黒いウエストバッグとジャケットの胸ポケットには金色の糸で『R』と刺繍が入っていた。中学校の制服がセーラー服ということもあって、ジャケットは新鮮に感じる。赤いサングラスをかけたRがチラリと横を見る。
そこには、燕尾服のような形のくすんだ青いジャケットを羽織り、黒いスラックスを履いた相賀――怪盗Aがスマホを見ていた。Rの視線に気づいたAが顔を上げる。
「……どうした?」
「え? ううん、何でもない」
否定はしたが、実際は真剣な顔でスマホに記録した計画を見直すAの横顔に見惚れていたのだ。
「そろそろ時間だな。行くか、R」
「OK、A!」
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