第一章

TARGET1 怪盗コンビ誕生!

第1話  幼なじみが怪盗!?

 人々が寝静まる丑三つ時。漆黒の夜空には満天の星と澄んだ満月が浮かんでいた。と、風切り音と共に青いジャケットが翻った。


 鳥……? いや、人影だ。ビルの屋上に着地した人影は、ふと左上腕部を押さえた。


「いってぇ……。あの野郎思いっきり殴りやがって……」


 ズボンをはいていることや、口調からみて男だろう。しかし、まだ学生と言っていい体格だ。


「やっぱ俺一人じゃなぁ……。アイツ誘ってみるか……」


 少年が独り言を呟いたとき、雲に隠れていた満月が顔を出した。少し癖のある黒髪に、青いジャケットと黒いズボンを身に着けた少年はかけていた青いサングラスを外した。淡い月光に照らされて、ジャケットの胸ポケットに金色の糸で刺繍された「A」の文字が光る。


 しばらく満月を見上げていた少年はメジャーのような道具を取り出し、ボタンを押した。ワイヤーが発射され、近くの民家の屋根にワイヤーの先についている金具が引っ掛かる。少年がもう一度ボタンを押すとワイヤーが高速で巻き取られ、少年は民家の屋根に飛び移っていった。



「相賀ー? 学校行く時間だよー?」


 桜の花びらが舞い散る四月。新品のセーラー服に身を包み、一軒家のドアを叩く女子がいた。彼女の名は石橋瑠奈いしばしるな。この春に星の丘中学校に進学した中学一年生だ。肩より少し長いストレートヘアに華奢な体付きをしている。


 瑠奈が呼んでいるのは木戸相賀きどあいが。瑠奈と同級生で、三年ほど前に石橋家の隣に引っ越してきた。この家で一人暮らしをしているが、理由はおいおい話すとしよう。


「朝っぱらからうるせえよ……」


 ズボンとシャツを着た相賀が、トーストをくわえて顔を出す。髪はハネ放題で、つい今しがた起きたばかりのようだ。


「だって、チャイム鳴らしても反応無いんだもん。早くしなよ。もう出発しないと間に合わないよ?」


「後五分で終わるから待ってろ!」


 言い終わると同時に、相賀がバタンとドアを閉める。


「全く……」


 残された瑠奈がため息をつく。引っ越してきたばかりの頃の相賀はもう少し可愛気があった気がする。一人暮らしの相賀を気づかって母親が作ったおかずを持っていったり、クラスメート達と街を案内したり。しかし、最近は口調も乱暴になってきて、瑠奈への当たりも強くなってきた。


「男なんて三年もすれば変わるのかな……」


「何ブツブツ言ってんだよ?」


 驚いて前を見ると、いつの間にか学ランを着た相賀がバッグを持って立っていた。寝癖は一応直したらしいが、元々くせっ毛のため、あまり変わった印象は受けない。


「ううん、なんでもない」


 相賀が家の戸締まりをするのを見届けると、先立って歩き出す。


「と言うか瑠奈。何ちゃっかり迎えに来てんだよ?」


「え? だめだった?」


「もう中一だぜ? 一人で行けるだろ」


「別にいいじゃん。家隣なんだし」


「ただのお節介だ」


 そう言い放った相賀は早足で瑠奈を抜かしていった。


「ちょっ、待ってよ!」


 瑠奈は慌てて相賀を追いかけた。


 二人で並んで教室に入った途端、誰かが口笛を吹いた。クラスメートの黒野慧悟くろのけいご相楽竜一さがらりゅういちがニヤニヤして二人を見ている。


「よう相賀! 新学期早々、夫婦で登校か?」


「ラブラブで羨ましいかぎりだな」


「ちげぇよ」


 いつものように冷やかすクラスメートを慣れた様子で流し、席につく。その後もクラスメートが続々と登校してきて、やがて始業のチャイムがなった。



 昼休み。本を読んでいた瑠奈のもとに相賀がやって来た。


「瑠奈、今日の放課後、うちに来てくれ」


「え、なんで?」


「話したいことがあるんだ。とにかく、必ず来てくれ」


 短く言った相賀は親友の林拓真はやしたくま渡部海音わたべかいとのもとに戻っていった。


「……?」


 今まで、相賀が理由もなく要件だけを言うことはなかったはずだ。それなのに突然、要件だけを言ってさっさといなくなった。急にどうしたのか。瑠奈が首を傾げていると、


「瑠奈ー!」


 元気のいい声とともに瑠奈の体に重さがかかった。親友の中江詩乃なかえうたのが瑠奈に飛びついてきたのだ。


「うわっ……、ちょっと、詩乃……」


「相賀君と何話してたの?」


 ツインテールの髪を揺らしながら屈託なく笑う詩乃に、瑠奈は怒る気にもなれなかった。


「もう……放課後にうちに来てくれって言われたの」


「え!? まさかお家デート!?」


 詩乃が大声で聞くと、教室中がシンとなった。クラスメートの全視線が瑠奈に注がれる。真っ赤になった瑠奈は机に突っ伏した。


「大声で言わないで……」


「あ、ゴメン……」


 詩乃は申し訳無さそうにペロッと舌を出した。机に突っ伏す瑠奈の髪を、暖かい風が撫でていった。


 放課後。約束通りに瑠奈が相賀の家に行くと、制服姿の相賀が顔を出した。


「え、まだ制服なの?」


 そう言う瑠奈は、薄いパーカーにデニムとラフな格好に着替えている。


「着替えるの面倒くさいし」


 相賀らしすぎる返答に、瑠奈は呆れてものも言えなかった。


「で、話したいことって何?」


「相談したいことがあるんだ」


「もしかして、学年三位が二位に教えを請うの?」


 瑠奈は茶化して言ってみた。学年三位、二位というのはテストの順位だ。二人は小学生の頃から順位を競い合っている。この間行われた実力テストは、瑠奈が二位、相賀が三位だった。


「いや違う。真剣な話だ」


 相賀は今まで見たことがないほど真剣な表情をしていた。瑠奈はため息をついた。


「はいはい、わかったわ。それで?」


「とりあえず入ってくれ」


 短く言った相賀は背を向けて家に入っていった。瑠奈も相賀を追いかけて家に入る。階段を登って自室に入った相賀は机の横の何もない壁を押した。すると、壁がドアのように開く。


「隠し部屋……?」


 瑠奈が思わず呟くと、相賀はニヤリと笑った。


「もちろん、見せたいのはこれじゃない。この奥にある部屋だ」


 そう言ってドアを通り、先の階段を降りていく。瑠奈は少し気味悪く思ったが、ここまで来て逃げるわけにもいかないと、深呼吸をして相賀を追いかけていった。



「何? これ……」


 階段の突き当りにあった部屋に入った瑠奈は思わず呟いた。


 コンクリートが剥き出しになった広い部屋で、正面の壁には星の丘やその周辺の地図が貼られ、ソファや簡易キッチン、パソコンが乗ったデスク、クローゼット等が置いてある。


「地下室なの? ここ」


「半分正解、半分ハズレだな。ここはアジトだ。怪盗Aのな」


 相賀はニヤリと笑ってキッチンに向かったが、瑠奈はその場に突っ立っていた。


(怪盗A? 相賀が? Aといえば、ここ最近星の丘を騒がせ始めた泥棒だけど……)


「どうした? 流石の学年二位も理解不能か?」


 グラスにコーラを注いでいた相賀が意地悪く笑う。


「なんなの……? どうしたのよ相賀……」


 瑠奈が思わず数歩下がる。


 すると、相賀はフッと悲しげな顔になった。


「……だよな。こんなこと言ったって、混乱するだけだよな……。やっぱりやめておくべきだったか……。いいんだ、瑠奈。全部忘れてくれ」


 それだけ言うと、部屋を出ていく。グラスに入った氷がたてるカランという音が部屋に寂しく響いた。

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