第166話 違和感
雪美に吸入器を渡して帰る途中、ベクルックスははたと足を止めた。
(……どうしてオレは、今……)
敵に塩を送るマネなんて、したことなかったのに。そもそも、吸入器を用意していたのもおかしい。
海音が喘息を持っているのは、学校生活の中で知った。もちろん、アジトにいる間に喘息を起こす可能性は考えていた。
だが、それだけのために吸入器を用意したのか? この――オレが?
(……いや、落ち着け)
あのまま放っておいたら、海音は死んでいた可能性もある。流石にそれは、組織としても面倒だ。
(それを回避しただけ。特に、オレがおかしいわけじゃない)
そう言い聞かせたベクルックスはモニタールームに戻った。
しかし、その後も、違和感はしこりのように残っていた。そしてついに、人に向けて拳銃を撃てなくなった。
「貴様らのせいで……!」
ベクルックスは思い切り翔太を蹴り飛ばした。
「っ……!」
さらに床を転がった翔太が激しく咳き込む。
「お前っ……どうし、たんだよ……」
翔太には、いきなりベクルックスが怒り出した理由も、自分を蹴っている理由もわからない。
それでも、これだけはわかった。
ベクルックスは、会ったばかりのような非情な性格ではなくなっている。「友達ごっこ」と言っていることから、おそらく自分達と過ごしている内にベクルックスの中で何かが変わっている。
だが、ベクルックス自身はそれを受け入れられていない。
「……くそっ!」
ベクルックスは荒々しく部屋を出ていった。バタン! と乱暴にドアを閉める音と電子ロックがかかる音がする。
「…………」
翔太は蹴られた腹を押さえながら寝返りを打ち、仰向けになった。
「……なんなんだ、あいつ……」
ベクルックスがあんなに感情を爆発させるところなど、見たことがない。いつも冷静で非情で、冷酷だったのに。あれは怒りを通り越している。
(もしかして、ベクルックスが銃を撃てなくなったのって……)
その時、翔太は異変に気づいた。唐突に眠気が襲ってきたのだ。目を閉じていたため気づかなかったが、部屋の中がほんの少し白く煙っている。
(――! 催眠ガスか……!? なんで……!)
しかし、気づいたときには遅かった。眠気に抗えず、翔太は仰向けのまま意識を失った。
「…………」
ひとまず家に帰った瑠奈は部屋の窓を開け、窓枠に腕を乗せて空を眺めていた。さっきは雪が降っていたものの、今は止んで、雲の間から星空が見え隠れしている。
『――絶対に助け出す』
自分達が目を覚まし、状況を知ったとき、相賀が翔太のペンダントを壊れそうなくらい強く握りしめていたのを思い出す。あのときの相賀の瞳には、決意の色があった。しかし、その奥には怒りの炎が渦巻いていた。なんとか絞り出したような声も震えていた。
そこから誰も一言も発さず、アジトに戻った瑠奈達は何も言わずに解散した。
正直、瑠奈も今すぐに翔太を助けに行きたい。しかし、どこに行ったのかわからない以上、動けない。
瑠奈はそっとうつむいた。
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