第165話 憎悪
「…………」
どうしてかはわからない。わからない、けど。
突然、ベクルックスの胸が憎悪で灼かれた。
翔太に対する感情は、何もなかったはずなのに。ただ「粛清対象」としか見ていなかったのに。
(どうして、こんなに……)
憎いんだろう。
ベクルックスは羽織っていたレザージャケットの内側から拳銃を取り出した。そして翔太の頭に銃口を向ける。
しかし、やはり引き金にかけた指は動かなかった。それどころか拳銃を握る右手が震え、安定しない。
翔太はうずくまったまま目を閉じていた。その観念したような表情が、どうしようもないほど憎らしい。
気がついたときには――翔太に蹴りを食らわせていた。
「っ……」
突然蹴られた翔太はその場に倒れた。わけがわからず、顔を上げて呆然とベクルックスを見つめる。
「……っ!」
ベクルックスは手のひらが痛くなるほど拳を握りしめた。言葉にできず、秘めていた気持ちが勢いよく溢れ出す。
「――ずっとムカついてたんだよ。貴様らが仲良く友達ごっこしてるのにな!!」
「と、友達ごっこ……?」
翔太はベクルックスの言葉の意味が理解できなかった。クリスマスパーティーをしたときのクラスメートの笑顔が次々と脳裏に蘇ってくる。あれは「ごっこ」なんかじゃない。本物だ。けれど、ベクルックス――もとい大田伊月はずっと、自分達をそう見ていたのか――?
「友達なんて口だけ。大して助けてくれないし自分の命を最優先。厄介事なんてスルー。それなのに……ずっとそう思ってたのに……」
ベクルックスは翔太をさらに蹴り飛ばした。
「うっ……」
床を転がった翔太が痛みに顔を歪める。
「それなのに貴様らが友達ごっこやってるから! 本当は相手のことなんてどうでもいいくせにな!!」
――止まらない。ずっと隠していた想いが、意図せず口からこぼれていく。
翔太や相賀が「仲間」と言う度に、クラスメートが楽しそうにしているのを見る度に、イラついていた。仲間や友達の何が良いのか、伊月にはわからなかった。仲間や友達なんて、持ったことがなかったから。
幼少期から父親の大沢佳月の元で拳銃の扱いや暗殺の方法などを叩き込まれていた。小学校も、入学はしたもののほとんど通ったことはない。同級生の顔も、誰一人として覚えていない。
だが、伊月はそんなこと本心からどうでも良かった。伊月にとっては、組織の一員として働くことのほうが大事だったから。
部下はコマ。使い勝手が悪ければ消したっていい。信じるのは己だけ。
ずっとそう教え込まれてきた。
違和感を覚えたのは、喘息の発作で苦しむ海音に吸入器を届けたときだ。
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