第164話 嫌な予感

「……戸君……木戸……木戸君!!」


 何度も呼ばれ、Aはようやく目を覚ました。


 目の前に、傘をさした実鈴がしゃがみ込んでいた。


「……実鈴……?」


「何してるのこんなところで……雪降ってるのよ……?」


「ああ……」


 Aは曖昧な返事をしながら縁に設置されている柵をつかんで立ち上がった。頭が回らない。どうして自分がこんな天気の中倒れていたのか思い出せない。そして、なぜか左脇腹が痛い。


「何でここに……」


「渡部君達から連絡があったのよ」


「そうか……」


 Aは左脇腹を擦りながらまだ少しぼやける視界で周りを見渡した。


 Tはもう起きていて、まだ気絶しているUをひさしの下に移動させていた。すでに庇の下に運ばれているRもまだ気絶している。


「……ねえ、これ落ちてたんだけど……何かあったの?」


 そう訊く実鈴の手にはXの仮面がある。


「――!!」


 それを見た瞬間、Aの脳裏に記憶が鮮やかに蘇った。


「高山君は――」


「実鈴! 翔太見なかったか!?」


 Aは実鈴の言葉を遮り、実鈴の肩をつかんで尋ねた。


「え、み、見てないけど……」


 実鈴は突然反応したAの勢いに戸惑いながら答えた。


「……くそっ!」


 返答を聞いたAは右拳を思い切り柵に叩きつけた。ガシャン! と大きな音が鳴り、Tがビクリと肩を跳ね上げる。


「あいつ……!」


 その時、Aの視界の隅で何かが光った。見ると、銀色のなにかが雪に半分埋もれていた。


「……?」


 歩み寄って拾い上げると、それは翔太のペンダントだった。そばにはAの通信機も落ちている。


「え、それ、高山君のじゃ……」


「……――!!」


 脳裏に稲妻が走る。Aは瞬間的に翔太の行動の意味を悟った。


 自分を気絶させる前に通信機を弾き飛ばした意味も、自分達を裏切った演技の意味も。


「……あのばかっ!!」


 ロケットを握りしめ、思わず大声で叫んでしまう。


 ――まさか本当に、自分を犠牲にするなんて。


 今日、Aがターゲットのないビルに来たのは、嫌な予感がしたからだ。翔太がいなくなってしまうような、そんな予感が。杞憂であってほしいと願いながらも、Kに頼んで探してもらった。


 その予感が、当たってしまった。


 Aはギリッと奥歯を噛みしめると拳を地面に叩きつけた。


「あいつは……奴らの所に……くそっ……くそぉぉぉ!!」


 Aの慟哭は雪の舞う真っ暗な空に虚しく響いた――



 翔太は薄暗い小さな部屋にいた。部屋の隅で膝に顔を埋め、うずくまっている。


「――それで、なんのつもりだ? 高山」


 唐突に扉を開け、入ってきたベクルックスが言うと、翔太はゆっくりと顔を上げた。


「……木戸君達のことなら、知らない。僕は独りで行くつもりだった。木戸君達の前でそのまま行くわけにもいかなくて、不本意だけどあんな演技したんだ。……もう、お前達の好きにしてくれ」


 ベクルックスは疲れたように言い放った翔太をじっと見つめた。

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