第163話 高山翔太

「……貴様がどう言おうとそれを決めるのは高山だかな」


 冷たく言い放ったベクルックスは再びXに目を向けた。


「…………っ!」


 ずっと黙ってうつむいていたXはグッと顔を上げた。そして拳を握り、そばにいたTに飛びかかる――!


「なっ……!?」


 予期していなかった襲撃に反応が遅れたTの腹に拳を打ち込んで気絶させる。


「うぐっ……」


「T!」


 駆け寄ってきたUの首筋に手刀を叩きつけると、素早くRに近づいた。


「っ!」


 Rはとっさに蹴りを放ったが、Xは紙一重でそれを避け、Rの首筋にも手刀を打ち付けた。


『A逃げろ!』


『皆!!』


 怪盗Kと怪盗Yの声が、状況を飲み込めないAの通信機から聞こえてくる。と、Xは一気にAとの距離を詰めた。反射的に下がろうとするが、Xの手がAの通信機に当たり、耳から弾き飛ばされる。


「っ!」


「悪かったな。今まで騙してて」


 足を止めたXはマントを外した。外されたマントは夜風にさらわれ、あっという間に飛んでいった。更に仮面も外して投げ捨てる。


「……どういうつもりだ? 翔太」


 Aの声に怒気と困惑が交じる。


「どうもこうも、俺は君達の味方じゃない。組織から送り込まれてたスパイなんだよ」


「なっ……!?」


 Aは目を見開いた。


「そろそろ潮時だと思っててね。ようやく演技やめられるよ」


 翔太はニヤリと笑った。月光に照らされ、オッドアイが妖しく光る。


「……翔太、違うだろ。 お前はスパイなんかじゃない。俺達を遠ざけるための演技だって、わかりきってるんだ!」


 Aは必死で叫んだ。


 そんなはずない。翔太がスパイのわけがない。きっと、自分達を遠ざけようとして演技しているだけだ。


 ――高山翔太は、そういうやつだから。


(お前は、優しすぎるんだよ)


 自分のことを考えず、他人のことばかり考えている。だから、この間Aがケガをしたとき、ショックを受けた。A達が危険な目に遭うのは自分のせいだと自分を責めている。そしてその優しさが自分を破滅に追い込んでいることを理解していない。


 Aの訴えを聞いた翔太は小さくうつむいた。しかし、その口元は歪んでいる。


「フフッ……ハハハハッ! 本当に君達は……」


 右手で顔を覆うようにして笑った翔太はふと、真顔になった。オッドアイの奥で黒い光が揺れている。


「鈍いなぁ……そこまでお人好しだとは思わなかったよ。ここまでやっても俺を信じようとするんだな」


「翔太……っ」


 Aは拳をギュッと握りしめて声を絞り出した。


 ――これが悪い夢なら、覚めてくれ。


 絶対違う。翔太はそんなやつじゃない。


「いい加減諦めろ。俺は、最初からお前達のことを仲間だなんて思ってない」


 翔太は冷たく言うと再びAとの距離を詰めた。


「……っ!」


 とっさに避けようとするも――足が、動かない。


(力が入ら――)


 翔太はAに容赦なく回し蹴りを放った。


「がはっ!」


 地面に叩きつけられるように転がったAの顔に、さらに催眠弾を撃った。


「っ……」


 起き上がろうとしていたものの、ガスを吸い込んでしまったAの腕から力が抜け、倒れ込む。


 雪が舞い出した。翔太は踵を返し、ベクルックス達とともに消えていった。


「……翔……っ、太……」


 Aは眠気に抗いながら右手を伸ばした。しかし、その手は翔太には届かなかった。


「っ……」


 倒れる四人に、冷たい雪が降り積もっていった。

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