第81話 完成

「……」


 視聴覚室の少し開いたドアの隙間から中を覗いていた伊月はそっと顔を引っ込めた。


(ここに来てからわからないことだらけだ)


 伊月は険しい表情をして廊下を歩いた。


(文化祭の準備? そんなのに何であんなに一生懸命になる? そこまで熱を注ぐものじゃねぇだろ。何なんだよ……)


 伊月は髪をくしゃくしゃとかき回した。


(怪盗共だって何なんだよ。何度も殺されかけてるってのに、何であんなに楽しそうにできるんだよ。高山だって……自分はいない方がいいってわかってるはずなのに……)


 考えれば考えるほどわからない。


(……オレだっておかしいのか。こんなことを考えてる時点で……)


 間違いなく、この学校に転校してきてから自分がおかしい。今まで他人のことなど考えたことがないのに、こんなことを考えている。


(……学校って、こんなんなのか。だからあいつらは皆お人好しなのか。クソッ……感化された)


 小さい頃から組織の人間だった伊月は、小学校にろくに行ったことがなかった。そもそも伊月はギフテッド。学校に行かなくとも最低限の知識は幼児の頃からあった。だから中学校など行くつもりもなかった。スパイを命じられるまでは……


(……落ち着け。オレはベクルックス。こんなところで止まっていられない。アクルックスを組織に引き入れ、高山を消す使命があるのだから)


 決意を新たにした伊月は靴を履き替え昇降口から出た。少しひんやりした風が吹き抜けていった。



 その夜。実鈴は自宅のリビングで電話をしていた。


「はい、そうです……ええ……じゃあよろしくお願いします」


 電話を切り、フゥ……と息をつく。すると「実鈴」と呼びかけられた。


「兄さん? どうしたの?」


 スマホを持っていた大空そらは困ったような顔をしていた。


「明日って、帰りどれくらいになりそう?」


「えっと、明日も文化祭の用意があるから、今日と同じくらいかな」


 実鈴の返事を聞いた大空は「六時くらいか……」と考え込んだ。


「何かあったの?」


「明日、バイトのシフトに入ってほしいって言われたんだ」


 大空は隣町のカフェでアルバイトをしている。実鈴は大空が言わんとしていることに気づいた。


つむぎ


 ソファに座ってテレビを見ている従姉妹の紬に声をかける。


「なあに?」


「明日って帰り何時?」


「うーん、六時間授業だから四時くらいかなあ」


「私、帰り六時くらいになっちゃうけど、留守番できる?」


「うん。大丈夫だよ」


 紬は笑顔で頷いた。


「悪いね、実鈴、紬」


「ううん。バイト頑張ってね」


「ああ」


 実鈴に頷いてみせた大空はスマホを耳に当てながらキッチンに向かった。


「はい……大丈夫です。ではまた明日」



 翌日。文化祭が三日前に迫り、迷路はもうじき完成というところまで来ていた。


「よし! 最後の一枚だ!」


 翼がボンドで最後の段ボールを貼り付けていく。


 立たせた段ボールからそっと手を離し、立ち上がった。


「できたー!」


 慧悟が真っ先に叫び、続いて一同も歓声を上げる。


「良かったー!」


「間に合ったな!」


「お疲れ様!」


 そこに永佑もやってきた。


「皆お疲れ様! すごいな!」


 永佑に褒められ、一同は嬉しそうに笑った。


「よし、じゃあ今日はもう終わりにしよう。絶対成功させるぞ!」


 永佑が言い、一同は「おーっ!」と拳を突き上げた。

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