第111話 苦悩

 一同が不服そうに地下室を出ていき、相賀はため息をつきながらデスクに座った。


「……やっぱり話してくれないんだね」


 突然声が聞こえ、驚いて振り返ると、翔太がドアに寄りかかっていた。


「……残ってたのか」


「ボスの正体を明かす。そんなことだけのために君を監禁したりしないだろう。効率が悪すぎる。他に理由があったんだろ?」


 図星を指され、相賀は何も言わずに翔太に背を向けた。


「まあ、すぐには話さないだろうと思ってたけどさ。石橋君はもちろん、皆心配してるんだから。そこは考えていた方がいいと思うよ」


 翔太はそれだけ言って部屋を出ていった。


 残された相賀はギュッと拳を握りしめた。そしてそれをデスクに叩きつける。


「くっそぉ……!!」


 思い切り毒づき、そのまま両腕に顔を沈める。


 閉めたドアに寄りかかっていた翔太は相賀の毒づきにそっと目を伏せた。



「……すまない、アルタイル」


 会議室に入ったベクルックスは、頭に包帯を巻いたアルタイルに頭を下げた。


 上司に頭を下げられたアルタイルが困惑する。


「ベクルックス様……」


「オレがどうかしていた。貴様にケガをさせる気はなかったんだ。すまない……」


「ただのかすり傷です。顔を上げてください」


 アルタイルが慌てて言うと、ベクルックスはようやく顔を上げた。そしてくるりと振り返り、部屋を出ていく。アルタイルはその小さな背中をずっと見つめていた。



「木戸は休みか?」


 月曜日。出席を取っていた永祐が教室を見回した。


「はい」


「そうか。あと……大田もだな」


 瑠奈に頷いた永祐は出席簿に書き込み、前を向いた。


「最近、誘拐とか窃盗とかの事件が続いている。警察もパトロールを強化してるけど、皆も気をつけろよ」


 瑠奈達は思わず顔を見合わせた。永祐が今言ったことは全て組織の仕業だ。実鈴がついているとはいえ、警察だけでどうこうできるものではない。


「いよいよまずいことになってきたね」


 HRが終わり、翔太が難しい顔で言った。


「あいつらが皆にまで手を出してきたら……絶対許さない」


 瑠奈がギュッと拳を握りしめ、教室を見回す。


 楽しそうに話しているクラスメート達。巻き込むのは何が何でも避けなければいけない。


「大沢君がどう出るかだね」


 海音が言った。


「大沢君の本当の名字を聞いたとき聞き覚えがあったけど、大沢佳月社長だったんだね」


「あまり出しゃばってくることはないと思う、けど……」


 雪美の声が徐々に小さくなっていく。


「やろうな。せやけど、何しでかすかわからんのがあいつらや」


 拓真も腕組みをして唸り、詩乃が「だね……」とうつむいた。



(オレはベクルックス。忘れるな)


 あの夜から、この言葉を何回繰り返しただろう。


(部下を誤射したからって何だ。オレは何人も殺してきたじゃないか)


 幼い頃から組織の任務をこなしてきた。その中には人の命を奪うものもたくさんあった。それなのに、なぜ今更怖いのか。


「どうしたんだオレは……」


 誰もいない薄暗い会議室で、ベクルックスは独り呟いた。

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