第70話 必死の攻防

 階段を降りたベクルックスはハッとした。


 回廊の下にも廊下があったのだ。Xの姿はなく、廊下の入り口にはTが立ちふさがっている。


「ここから先は行かせへん」


「……無理にでも通してもらう」


 ベクルックスは言い終わるやいなや拳銃の台座をTの側頭部に打ち付けた。


「ガッ……」


 Tがバランスを崩し、通路に隙間ができる。しかしTは、通路を通ろうとしているベクルックスの左腕を掴み、振り回すようにして通路から引き離した。


「っ……」


「言ったやろ? 通さへんって」


 足を踏ん張らせて転ぶのを防いだベクルックスはTを睨みつけた。


「……覚悟はできてるんだろうな?」


「当たり前や」


 二人が睨み合ったその時、Rが吹っ飛んできた。


「きゃあ!」


「がはっ!」


 吹っ飛んできたRがベクルックスに激突し、一緒くたに倒れる。


「R!」


 アルタイルは倒れるRに駆け寄り、更に攻撃を仕掛けた。


「くっ!」


 床を転がってパンチを避けたRは素早く起き上がり、アルタイルの足を払って体制を整えた。


(だめだ……もう体力が残ってない。このままじゃ……!)


 お願い皆――


(早く来て……!!)



 実鈴は警察の船の舳先にいた。夜風が実鈴の髪やジャケットの裾をなびかせる。険しい表情で空に浮かぶ三日月を見上げていると、


「実鈴君!」


 五島がやってきた。


「あと五分程で君が言った島につく。けど……」


「なんですか?」


「あの島に何があるんだ? 調べてみたが、ある会社社長が持っているもので、別荘が建っているだけだぞ」


「ええ。私も詳しいことはわからないのですが……の事情ですから」


 実鈴の最後の言葉は、五島には聞こえていなかった。


「なんだ?」


「いえ。信用できる筋からの情報です。あの島には、ある犯罪組織が潜伏しているようです」


「犯罪組織か……なるほど。しかし、今すぐ動く必要があったのか?」


「そいつらはもうすぐ拠点を移すそうです。だから、今がチャンスかと」


 五島に嘘をつくのは心が痛いが、相賀を裏切ることはできない。自分に助けを頼んできたときの、相賀のあの目。必死さがにじみ出ていたすがるような目。あんな目を見てしまったら、裏切る気など微塵も起きない。


(もうすぐ着くから。やられてないわよね……!?)


 実鈴は柵に手を付き、霧の中に見えてきた島を鋭い目で見つめた。



「ううっ……」


 ベクルックスはTを圧倒していた。ボロボロになったTが壁にもたれるように倒れている。


「T! 大丈夫!?」


 アルタイルと交戦するRが叫ぶが、Tに駆け寄る隙がないほど追い詰められている。


「アルタイル! いい加減仕留めろ!」


 銃をTに向けていたベクルックスが叫ぶ。


「……わかりました」


「――っ!!」


 ベクルックスの言葉に頷いた途端、アルタイルの雰囲気が変わった。獲物を見つけた猛獣のような目でRを見据える。


「きゃあああ!!」


 アルタイルの見切れないほどのスピードの蹴りをまともに食らったRは大きく吹っ飛び、壁に激しく叩きつけられた。


「R……!!」


 ベクルックスはフッと息をつき、通路に足を向けた。しかし、服を引っ張られて床に叩きつけられる。


「ぐはっ!」


「行かせへんて……言うてるやろ……!」


 Tが必死でベクルックスのジャケットをつかみ、引き倒したのだ。


「……しつけぇな!」


 起き上がったベクルックスはTの脇腹に蹴りを入れた。


「うぐっ……」


「邪魔すんじゃねぇ! 黙ってろ!」


 Tが腹を抱えてうずくまる。


 ベクルックスは息をつき、ふと、窓を見た。その目が大きく見開かれる。


「クソッ! 警察サツを呼んでやがったか!」


 木陰から防護服を着た人影が見え隠れしている。


「アルタイル!」

 

 ベクルックスがアルタイルを振り返ると、アルタイルは頷き、耳に手を当てた。

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