第92話 監禁

「うっ……」


 気を失っていた海音は目を覚ました。体に冷たいコンクリートの感触がある。


「あれ、ここは……僕は確か……」


 まだ頭がぼんやりする。おぼろげな記憶をなんとか辿っていく。


「確か、トイレに行って……その帰りに……。――!」


 人気ひとけのない校舎の昇降口を出ようとしたとき、急に体中に激しい痛みが駆け巡って、意識を失った――。


 攫われたときのことを思い出し、意識がはっきりした海音は体を起こそうとする――が、うまく動かない。見ると、両手を後ろ手に縛られていた。


「……そういうことか……」


 自分の置かれた状況をすぐに察した海音は周りを見回した。


 どこかの廃墟のビルのようで、海音が閉じ込められているのは埃っぽい小さい窓が一つついているだけの八畳ほどの部屋だった。


「あ……」


 なんとか体を起こした海音は、自分のそばに落ちていた眼鏡に気づいた。攫われたときなのか、レンズが割れ、フレームが歪んでしまっている。


(……さて、これからどうするか……)


 サッと部屋の中に目を走らせる。


(僕を縛っているのはただのロープ。あの窓ガラスが割れてればロープを切れたんだけど……ヒビが入ってるだけか……あ)


 海音は割れた眼鏡のレンズを手に取った。


(これなら、切れるかも)


 手首をひねってレンズの欠片を自分を縛っているロープに当て、上下に動かした。ロープの繊維が避けていき、やがて切れる。


「よし」


 海音はすぐに立ち上がり、窓に近寄った。ヒビが入っていない場所から外を覗く。左方向に、建設中のツインタワーが見えた。


(学校からそんなに離れてるわけじゃなさそうだな。せいぜい隣町との境目辺りか……)


 景色を観察しながら学ランのボタンを外し、ワイシャツの胸ポケットから通信機を取り出す。


「皆、誰か聞こえる?」



 防犯カメラの映像を調べた相賀は海音が誘拐されたことに気づき、一同は校庭の隅に集まっていた。


「それで、場所は?」


 翔太が真剣な表情で訊く。


「隣町との境目辺りってことはわかったんだけど、そこから先は防犯カメラに映ってなくてな……」


「じゃあ、廃墟とか空き家とかにいるんじゃない?」


 瑠奈が言った。


「それなら、数軒ピックアップしてある。一番怪しいのは……ここだ」


 相賀はスマホにビルや一軒家の写真を四枚ほど表示させ、その中の一枚の写真を指した。


「この廃墟だけビルなんだ。あとはアパートとか一軒家。防犯カメラを見た感じ、犯人はグループっぽいから、妥当だろうな」


「なら、今から行くで」


 拓真が珍しく静かな声で言った。しかし、それだけで相賀がピクリと眉を上げる。


(まずいな……拓真がブチ切れてる。早く解決しないと、何やらかすか……)


「ああ。けど、先に実鈴に連絡しないと」


「したよ」


 雪美が震える声で言った。詩乃がそんな雪美の背中を擦っている。


(朝井さんも相当ショックかかってるな……)


「わかった、ありがとう」


 相賀は表情を引き締めた。


「今からそこに乗り込む。朝井さんはここの人目につかないところでナビしてくれ。パソコンは持ってる?」


「……うん、あるよ」


 雪美が頷いたとき、


「皆!」


 実鈴が駆け寄ってきた。


「渡部君が誘拐されたってホントなの?」


「ああ。今から俺達が助けに行く」


「やめなさい!」


 突然、実鈴が叫んだ。


「下手に動き回れば、貴方達が怪盗だってバレる可能性があるのよ!? 今回は警察に任せて、貴方達は待っていなさい!!」


「……っかよ」


 相賀が小さく呟いた。


「え?」


「んなのできっかよ! 海音は……海音は俺達の大事な親友なんだ! 指くわえて待ってろってか!? 冗談じゃねぇ!」


 怒鳴った相賀は駆け出した。

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