第91話 緊急事態

 そこから少し離れた木陰に、男が二人立っていた。一人はソフトクリームを食べていて、校庭に散らばる人々に溶け込んでいる。


「あいつか?」


「ああ、あの眼鏡をかけたガキだ」


「にしても……」


 ソフトクリームを食べ終わった男は、眼鏡を押し上げながら翔太と話す海音を訝しげに見つめた。


「ほんとにあいつが渡部財閥のガキなのかよ? どう見ても、どこにでもいそうな地味な奴じゃねぇか」


「バカかお前。悟られないように地味な格好してるだけだ。とにかく、あいつが人混みから離れたときがチャンスだ。見逃すなよ」


「わかってるよ。オレだって生活がかかってんだからな」


 眼鏡をかけた男はニヤリと微笑んだ。



「あ、射的もあるのか」


 相賀は射的店の前で足を止めた。


「……」


 すると、ずっと静観していた翔太が前に出た。店番のおじさんに百円を払い、コルク栓が詰められた鉄砲を受け取る。


「え、やるんか? 高山」


 翔太は拓真の問いには答えなかった。鉄砲を構え、オッドアイを見開いて狙いを定める。そして引き金を引いた。放たれたコルク栓は小さな置き時計の箱に当たり、箱が倒れる。


「お? 君上手いね」


 店番のおじさんが頬杖をつきながら言った。


「射撃は昔から得意なんです」


 翔太はそれだけ言って再び鉄砲を構えた。


 渡されたコルク栓五個を撃ち終わった翔太の手には、置き時計、アニメキャラクターのぬいぐるみ、お菓子の詰め合わせが抱えられていた。


「お前、ほんと射撃上手いよな……」


 相賀が苦笑いする。


「で、何でぬいぐるみ取ったんだ?」


「……これ、風斗が好きだったキャラなんだよ。置き時計以外特に欲しいもの無かったから。三発使っちゃった」


「……そうか」


 相賀はしんみりと頷いた。


「……なあ、海音知らんか?」


 拓真がふと、周りを見回しながら言った。


「え、さっきトイレ行くって言ってたけど……」


 相賀が振り返った。


「けど、もう十分も経ってる……遅いな」


「……お腹の調子が悪いんじゃ?」


 翔太が前を向きながら言った。


「とにかく、もうちょっと待ってみよう」


 瑠奈が言った。


 しかし、それから更に十分経っても海音は戻ってこない。流石に心配になった一同は、男女に別れて探すことにした。


 相賀達は真っ先にトイレに向かった。しかし、トイレには誰もいなかった。


「校庭からこのトイレまで一本道だし、誰ともすれ違ってない……」


「ホンマにどこ行ってしもたんやろか……」


 相賀は考えながらスマホを素早く操作した。


「――!? おい、これ……!!」


 目を見開いた相賀はスマホの画面を翔太と拓真に見せた。


「なんやこれ……どうなっとるんや!?」


「二人に連絡する」


 翔太は素早くスマホを取り出した。

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