第144話 二人の人生

 煙と光が弱まり、勝ち誇ったような笑みを浮かべるAの姿が見えてきた。


「貴様……っ!」


「――忘れるなよ、フォーマルハウト」


 Aの顔から、表情が消えた。冷たい目でフォーマルハウトを見据える。


「お前は組織の命令で実鈴の兄として今まで過ごしてきた。だが、それは実鈴や実鈴の従妹にとっては偽りの日々だ。お前は、二人の人生を奪ったんだ」


 それだけ言い放ち、フォーマルハウトに背を向けて走り出した。



「――八階、だよな?」


『うん。そこを右に曲がって階段だよ! 実鈴さんが……!』


「大丈夫。必ず助ける」


 きっぱりと言い切ったAは階段を二つ飛ばしで駆け下りた。



『そこの角を左に曲がれば……!』


「――っ!?」


 角を曲がったAは思わず絶句した。廊下には、右腕を伸ばしたベクルックスが立っていた。その手には黒光りする拳銃が握られていて、その銃口は実鈴に向けられている――!


 Aはいつの間にか走り出していた。


「やめろ!!」


 怒鳴りながらベクルックスに蹴りを食らわせる。


「……何しに来た、怪盗A」


 ふらついたベクルックスが顔を上げ、Aを冷たい目で見る。


「実鈴、大丈夫か」


「ええ……紬も高山君も無事よ」


 ベクルックスを無視して実鈴達の安否を確認したAはベクルックスを睨みつけた。


「よくもクラスメートに銃を向けたな」


「クラスメートだからなんだ。そんなことでオレが殺るのをためらうとでも?」


「ああ、そうだ」


 Aが頷くと、ベクルックスは唇を噛んだ。


(……こいつ、わかってやがる)


「……どうやってここまで来た? フォーマルハウトはどうした」


「撒いてきた。その銃を下ろせ」


「貴様、命令できる立場なのか?」


「……さあな。ただ……」


 Aは鋭い目でベクルックスを見据えた。


「俺は、仲間に手を出したやつは許さない。それだけのことだ」


「……結局、仲間か」


 吐き捨てたベクルックスは銃口をAに向けた。


「撃てんのかよ?」


「……」


 フッと息を吐いたベクルックスはAに近寄っていたXに銃口を向け、撃った。


「うっ……!」


 弾が左上腕部をかすり、Xは顔を歪めて右手で押さえた。


「きゃあああ!」


「高山君!」


 銃声に驚いた紬が悲鳴を上げ、実鈴が叫ぶ。


「X!! ――てめぇ……!」


「……やっぱり、外すのか」


 自分は頭を狙ったつもりだったのに。当たらない。当たらないどころか、かすり傷しか負わせることができない。


(……わからない)


 少し前は、普通に撃てていたのに。狙った相手は逃さないことで組織の中では有名だったのに。自分の中で何が起きているのかわからない。


(何なんだ……この感覚は……)


 銃を握るたびに感じる感覚。うまく引き金が引けない。


「――っ!」


 突然、Aが拳を繰り出してきた。慌てて避けると、今度は実鈴の拳がベクルックスを襲った。

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