第13話 相賀と翔太

「やっぱ買いすぎたかな……」


 相賀は自転車を漕ぎながらボヤいた。自転車のカゴには、山盛りの食品類が入っている。


(セールやってたから遠くのスーパーに足を伸ばしたは良いけど……こんなに食べられるかな……)


 何か適当に作って瑠奈達にあげるか――。そう考えていた相賀の視界に見覚えのある背中が映った。


「あれは……翔太……?」


 リュックを背負ってスケボーを抱えた翔太はショッピングモールの敷地内にあるスケボーパークに入っていった。



 リュックからヘルメットとプロテクターを取り出して装着した翔太はスケボーに乗り、一気に坂を駆け下りた。そして階段の手前まで来るとスケボーのテールを蹴ってジャンプし、手すりの上を滑っていく。着地した翔太はギュッとスケボーを強引に回転させ、止まった。


「フウ……」


 翔太が息をついたとき、「翔太!」と声がした。驚いて振り返ると、自転車のそばに立った相賀が、スケボーパークの入り口で手を上げていた。



 自動販売機でコーヒーとコーラを買った相賀は、ベンチに腰掛ける翔太に缶コーラを差し出した。


「あ……ありがとう」


「にしてもお前、スケボーなんてやるんだな」


 翔太の隣りに座った相賀はコーヒーのプルトップを開けて飲みながら言った。


「……わからないんだよね。なんでスケボーが好きなのか……なんでこんな風に乗れるのか……」


「え?」


 キョトンとする相賀をよそに、翔太はコーラを一口飲んだ。


「誰にも話すつもり無かったけど、君なら話せる気がする。なんでだろうね」


 右目を隠している前髪をかきあげ、自嘲気味に笑う。


「僕さ、家族が殺された日の前日までの記憶が無いんだよ」


「え?」


「多分記憶喪失。一種のね。だから……僕には家族との思い出が無いんだ……」


 オッドアイを伏せて俯く翔太に、相賀は何も言えなかった。


「……ゴメン。変な話しちゃったね。何で話す気になったんだろ。変だよね」


 哀しげな笑みを浮かべた翔太はヘルメットを被り、再びスケボーパークに繰り出して行った。


 その小さな背中を、相賀は黙って見送っていた。



「次のターゲットはトパーズがいくつか埋め込まれたネックレス、『星の輝きスターシャイン』だ。美術館に展示されているが、元々個人のもの。ある泥棒が盗んで、美術館に売りつけたらしい」


「じゃあ、美術館の人はそのネックレスが盗品だって知らないのね」


「ああ、そうだ。だから今回は警備員をむやみやたらにふっ飛ばすのはやめてくれ。可愛そうだからな」


「OK」


 ソファに座ってピーチティーを飲んでいた瑠奈はうなずいた。



「……多分彼らも狙うよな、これ……」


 翔太はパソコンの画面を見ながら呟いた。その画面には『星の輝きスターシャイン』が映っていた。


「よっ」


 美術館に忍び込んだRは警備員の声が聞こえるとすぐにワイヤーを使って天井に張り付いた。天井が高かったため、警備員はRに気づかずに歩いていく。


「ハァ……なんか調子狂うな」


 Rは息をついて足音をたてずに着地した。


『仕方ないだろ。いつも忍び込むところは敵のアジトなんだから。お前はふっ飛ばすことに慣れすぎだ』


 通信機でRのひとり言を聞いていたAが釘を刺す。


「はいはい、わかってるよ。ここで説教しないで」


 軽く流したRは走り出した。今回警備員をふっ飛ばす必要がないため、Rが暴れ回らなくても良いのだが、Aの援護に回ることになっていた。


「あそこね」


 RはAが事前に指定していた場所に着いた。


「A、着いたよ」


『じゃあ、ゆっくり歩いてくれ。カメラに映るようにな。粗方集まったら俺も行く』


「OK」


 Rは息を吸い、ゆっくり歩き出した。柱の上の方に付いている監視カメラの死角に入らないように注意しながら横切る。



 美術館の警備室の会話をイヤホンで傍聴していたAの耳に、警備員の慌てふためく声が聞こえてきた。


『侵入者です!』


『何!?』


『拡大します! ……え? 女……? Rの文字です!』


『犯行予告日は今日だったのか……。屋上は!? それがRなら、Aがいるはずだ!』


 Aはフッと笑みを浮かべた。


(残念だったな)

   

『え……? 屋上には誰もいません!』


『金庫室は!?』


『えっと……そこにもいません!』


『どうなってる!?』


 屋上のカメラは既にハッキングしていて、無人状態の映像が送信されるようにしていたのだ。


『じゃあそいつを捕まえろ!』


『はっ!』


 Aは通信機のスイッチを入れた。


「R、そろそろ来るぞ」


『OK』


 Aはイヤホンとタブレット端末をウエストバッグに入れ、屋上を出た。



「いたぞー!」


「捕まえろ!」


 Rを見つけた警備員が声を上げる。


(とりあえず、警備員を集めて……)


 Rは軽く走り出した。曲がり角を通るたびに警備員が増えていく。


『警備員は合計十人。今九人集まってるから、もう良いんじゃないか?』


 Rはウエストバッグから催眠弾と閃光弾をありったけ取り出し、ばら撒いた。


「うわっ!」

 

「な、何だ!?」


 Rが息を止めて待っていると、煙と光が収まっていき、警備員が全員倒れているのが見えてきた。


「よし」


 小さく呟いたRは再び走り出した。



 Aがターゲットのある展示室に向かっていると、突然、警備員が十人ほど走ってきた。


「いたぞー!」


「な!? 何で……!?」


 Aは慌てた。Rが九人倒したはずなのに……!


(いや……そうか)


 警備員が十人以上増やされていることに気づかなかっただけ。Aは自分の調べが甘かったことを悔やんだ。


(そうだ……予告状を出してんだから普通警備は厳重になる。そしてその情報は表に出てこない。クソッ! もっと疑っていれば……!)


 しかし、悔やんでばかりもいられない。警備員はAを捕まえようと迫っているのだから。


「仕方ねえ!」


 Aはサングラスを掛け直して催眠弾と閃光弾をばら撒いた。そして逃げ出す。


(俺はまだ武道が得意じゃねえ。今戦ったって捕まるだけだ。だったら、逃げたほうが得策)


 その時、後ろから足音が聞こえた。驚いて振り返ると、警備員が五人ほど迫ってくる。


「!?」


(さっきRがやったのをカメラで見てたな!? だから予測できたんだ! クソッ! どうする!?)


 Aが走りながら考えあぐねていると、目の前の曲がり角から黒い影が飛び出してきた。


「っ!」


 慌てて止まったが、黒い影はジャンプして壁を蹴りつけ、Aの頭上を超えると警備員に飛び蹴りをかけた。黒いマントを羽織った男の後ろ姿を、Aは見たことがあった。


「X!?」


 紛れもなく、怪盗Xだった。


 Xは飛び蹴りをかけた男を台にして再びジャンプすると、右腰から銃を引き抜いた。


「っ……」


 一瞬顔をしかめるが、すぐに連射する。銃口から飛び出したのは催眠弾だった。催眠弾が顔に直撃した警備員らはたまらず倒れた。


 着地したXはAを一瞥すると、すぐに走っていった。


「あ、待て!」


 Aは走りながら通信機のボタンを押した。


「R!」


『A!? 連絡もなしにどうしたの!?』


「Xがいたんだ! 屋上に向かってるからもうターゲットを盗んだ可能性が高い! すぐ来てくれ!」


『――わかった』


 Rの返事には悔しさが滲んでいた。

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