第12話 怪盗Xの正体

「!! 下がれR!」


「っ!」


 Aが叫ぶのと同時にXが右腰から銃を引き抜いてRに突きつけた。


「そういうわけにはいかないんだよね。僕だって遊びでやってるんじゃないんだから」


 不敵な笑みを浮かべ、Rに銃を向けながら立ち上がる。


 AはXの持っている銃に違和感を覚えた。


(何だ? あの銃……見たことないモデルだな……銃口もデカいし……)


 ゾクッ


 突然、殺気を感じた。背中に冷たいものが走る。しかし、その殺気はAに向けられたものではない。Xのこめかみを冷たい殺気が貫いていた。


「しゃがめ!!」


 Aは叫ぶと同時に飛び出した。きょとんとするXに飛びついたとき――Xの右腕から鮮血が吹き出した。


「グアアッ!!」


「X!!」


 Aが走ってくるのに驚いて避けていたRが悲鳴ともとれる声を上げる。


 ガクリと膝をついたXの顔から、仮面が落ちた。


「やっぱりお前……」


「高山君!」


 Xの正体は高山翔太だった。撃たれた腕を押さえていた翔太は赤い右目と青い左目――オッドアイを見開いて二人を捉えた。


「……逃げて」


「え?」


「逃げろって! 今すぐ!」


 翔太が叫ぶも、腕が痛んだのか撃たれた箇所を押さえる左手に力が籠もる。白いシャツがもう袖口まで赤く染まっていて、指先から血が垂れている。


「そんなことできるかよ……」


(弾が飛んできたのは俺から見て右……つまり俺が右側に行けば翔太はもう撃たれないか……)


 Aは翔太を支えながら立ち上がった。


「放っといてよ……!」


 翔太はそう言うが、Aの腕を振り払う力は残ってないらしい。


「暴れんなよ。そんなケガで」


 Aは半分引きずるように翔太を連れていき、Rはその後についていった。



「どうしてこうなるのよ!」


 ある廃ビルの一室にいた女――ベガは苛立ったように叫んだ。その手には、サイレンサー付きのライフルが握られている。


 ベガはボディスーツのポケットからスマホを取り出した。ボタンを素早く操作して耳に当てる。


『どうだ?』


 スマホから聞こえてきた声は――アルタイルだ。


「RとAに邪魔されて殺り損ねたわ。腕に風穴を開けるくらいしかできなかった」


『チッ。邪魔な奴らだ……。まあ、良いだろう。あの二人に傷一つでもつけたらベクルックス様が怒り狂われるからな』


「だから撃つのやめたのよ。とにかく、そっちに戻るわ」


『ああ』


 電話を切ったベガはライフルをケースにしまい、その場を去っていった。



「痛っ……」


 翔太はアジトで瑠奈に手当されていた。撃たれた箇所の少し上を布できつく縛って止血し、包帯を巻いていく。


「んで? 怪我してるとこ悪いが、なんで怪盗をやってるんだ?」


「………」


 三角巾で右腕を吊られた翔太は相賀の質問にすぐには答えず、少し深呼吸した。


「長くなるけど……」


「構わない。言う気があるなら話してくれ」


 翔太は再び深呼吸し、話しだした。


「……僕は元々、怪盗なんかとは縁のない暮らしをしてたんだ。けど、あの日を境に変わった……僕は全部奪われた」


 怪盗X――高山翔太は大きく深呼吸して身の上話を始めた。


「去年のクリスマスのことだ。僕は同級生のパーティーに呼ばれてて、朝から出掛けたんだ。まだ二歳だった弟、風斗ふうとがはしゃいでいるのを見ながらね……」


 風斗のあの無邪気な笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。



 ずっと欲しがっていた三輪車を貰い「後で乗る〜!」とはしゃぎまわっていた。それを優しく見つめていた両親の笑顔も――。



「……けど、昼過ぎに嫌な予感がしたんだ」



 パーティー中に感じた嫌な予感はだんだん大きくなっていった。


(まさか……)


 居ても立ってもいられなくなった翔太は家に帰った。しかし、嫌な予感は的中してしまっていた。



「外に出されていた三輪車は乗った形跡がなかった。少しも汚れていなかったんだ。そして……カーテンに血が付いていた」


「え……」


 瑠奈が思わず声を漏らす。


「リビングに入ったら三人が――」


 翔太は一瞬言い淀んだが、すぐに「殺されていた」と言った。


「三人とも銃で頭を撃たれていた。もう血の海だった……」



 翔太が慌ててリビングに飛び込むと、三人が川の字で倒れていた。


「母さん……父さん……風斗……」


 翔太は呟きながら後退った。背後のクリスマスツリーにぶつかり、オーナメントがバラバラと落ちる。しかし、翔太は気にせずにその場にうずくまった。


「うわあああああ……!!!」


 翔太の絶叫が、シンとした家に響き渡った――。



「……三人の葬儀が終わったあと、父さんの部屋を片付けてたら手紙が出てきた」



 翔太が父親の机の引き出しを開けていると、ある白い封筒が出てきた。『翔太、風斗へ』と書かれている。何気なく開いたそれには、驚きの内容が書かれていた。



「父さんと母さんはスパイで、ある組織に潜入していたんだ。それがバレて風斗共々殺された」


「おい、その組織ってまさか……」


「ああ……君達が敵対している組織だよ」


「!?」


 相賀と瑠奈が目を見開く。


「だから僕はXをやってるんだよ。家族の敵討ちをするためにね」


 翔太の壮絶な過去を聞いた二人は何も言えなかった。


「……もういい?」


 突然、翔太が苛立ったように言った。


「だから僕はさっき撃たれたんだよ。スパイの息子だから。組織の情報を知っている可能性があるから。これからだって狙われる。いつ殺されるかわからない。死にたくないなら僕に関わらないで」


 一息で言った翔太はサッと立ち上がった。しかし、足がふらついて再びソファに座る。


「大丈夫か!?」


 相賀が慌てて翔太に駆け寄る。


「関わらないでって……」


 相賀を拒絶する翔太の顔は青白く、肌も白い。


「お前……ちゃんと食事してるか? これ貧血だろ」


「料理できなくて……いつもコンビニ弁当とか……」


「ハァ……」


 ため息をついた相賀はキッチンの戸棚を漁り始めた。


「確かこの辺に……あった」


 体を起こした相賀の手に握られていたのは鉄分のサプリだった。


「今は作ってる暇ないし、とりあえずこれ飲んどけ。鉄分が足りてない上に出血したから貧血になったんだと思うぜ」


「ん……ありがとう」


 小さな声で礼を言った翔太はサプリを一つ口に入れた。


「まあ、俺らと距離を置くのは勝手だけどよ、俺らはそういうやつをほっとけない性格だっていうのは覚えとけよ」


「…………わかった。けど、僕はもう誰も巻き込みたくないから」


 翔太はそう言ってアジトを出ていった。

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