第11話 隠された右目

 アジトに帰ってきた相賀はキーボードを叩いていた。


(怪盗X……最近活動を初めた男の怪盗みたいだな……俺達みたいに盗んだ宝石は全て盗品で、盗まれた宝石は全て持ち主のもとに戻ってるけど……何だろな……あいつから感じたあの雰囲気……今にも泣きそうな壊れそうなあの感じ……)


 何か事情がありそうだ――相賀は険しい表情で再びキーボードを叩き始めた。


 翌日。三時間目の授業は強風の中での五十メートル走だった。


「こんな天気でやるの!?」


 クラスメートの長谷明歩ながたにあきほが、親友の坂巻愛さかまきあい神田柚葉かんだゆずはに愚痴をこぼしている。安藤翼あんどうつばさ阿部光弥あべみつやも明らかに面倒くさそうな顔をしている。


 そんな中、翔太は険しい表情で右目を隠している前髪を押さえた。



「七秒一五!」


「やった! 速くなってる!」


 タイムを測っている翔太の声に瑠奈が嬉しそうに声を上げる。


「瑠奈ちゃんいいな〜。私十秒だよ……。全然速くならない……」


 明歩はしょんぼりとした。


「まぁまぁ。そんなしょげるなよ」


 光弥が明歩を慰める。


「あ、木戸君、僕の測ってもらっていい?」


「ああ、いいぜ」


 タイマーを受け取った相賀はゴール地点に立った。


「よーい、ドン!」


 体育教師の声とともに翔太は飛び出した。すごい勢いでゴール地点を通過する。


「速っ! 六秒二一!」


「マジ!? すげーな高山!」


 竜一が声を上げる。


「……別に」


 翔太は照れることもなく横を向いている。その時、突風が吹いた。土煙を巻き上げながら相賀達に襲いかかる――!


「うわっ!」「きゃー!」


 皆、風の吹く方向に背を向けたり腕で目を庇ったりする。


「うっ……」


 風が弱まり、瑠奈は目を開けた。そしてふと右を見る。右側には翔太がいた。風のせいで右目を覆っている前髪が崩れている。その隙間から覗いた右目を見たとき――瑠奈は目を見開いた。その右目は――赤。


(オッドアイ……!?)


 しかし、翔太は気づかなかった様子で前髪を直し、瑠奈を見た。


「……何?」


「え? いや、何でも……」


 早口で答えた瑠奈は慌てて相賀の方に走っていった。その後ろ姿を見ていた翔太は意味ありげな笑みを浮かべた。



「オッドアイ? やっぱりな……」


 アジトで翔太の目のことを聞いた相賀は考え込んだ。


「オッドアイが嫌だから前髪で隠してるってことだよね? 別に隠さなくてもいいのに……」


「まあわからなくもないな。人間、普通と違うところがあれば隠したくなる。傷痕とかな」


 パソコンが置いてある机に座った相賀は突然真面目な顔になった。


「で、瑠奈。翔太に裏の顔があるかもしれないのわかってるよな?」


「うん。Xでしょ? タイミングバッチリだし、間違いないんじゃない?」


「後はXもオッドアイだとわかれば確実だな。後で予告状出すから、それにXが食いついてくれれば……」


 頭の回転が速い二人はどんどん考えを固めていく。


「でもさ、Xの正体が高山君だったとして、相賀はどうするつもりなの?」


「別にどうもしねーよ。怪盗やってる理由を聞くだけだ。俺みたいに何かしら理由かあるだろうからな」



 翔太は墓地に来ていた。ある墓石の前に花を添え、首にかけていたペンダントを服の裏から引っ張り出す。鎖についているロケットを開くとオルゴールが流れ出した。中に入っている写真は翔太の机の写真立てに入っていた写真と同じものだ。


 しばらくオルゴール――『アンタレス』という曲を聞いていた翔太はその場を立ち去っていった。


 その一部始終を見ていた人影があった。長い銀髪の女は別の墓石の陰から翔太を見ていた。



「ああ!? 怪盗Xだと!?」


 某ビルの一室。男――アルタイルの怒号が響いた。


「ええ、そう。マントに仮面のキザっぽいガキよ。しかもベクルックスが殺した家族の息子らしいわ。殺しそこねたのね」


 銀髪の女――ベガも苛立ったように言う。


「ベクルックス様が殺し損ねたガキ? だったら、まさか……」


「そういうことだ」


 いつものようにパソコンを操作していた小柄な男――デネブが呟く。


「そいつも殺す必要があるな。ベガ、頼む」


「ハァ!? なんでアタシなのよ!」


 ベガがキレる。


「ライフル使えんのはアタシだけじゃないでしょ!? アンタが行きな!」


「落ち着け、ベガ」


 デネブが顔を上げた。


「その日、アルタイルは要人の暗殺がある。ボクは拳銃しか使えないし、他のメンバーも色々予定が入ってる。開いてるのはお前だけなんだ」


「……フン! このアタシがガキの殺しごときに働かされるなんて! 組織もおちたものね」


 ベガは捨てゼリフを吐いて部屋を出ていった。


「最近暇だったから、ああ見えて仕事が貰えたの嬉しいんだろう」


 再びパソコンに向き合ったデネブが言った。


「まあ、ああなったベガは放っといたほうがいいな。んじゃ、デネブ。Xの下調べ頼む」


 アルタイルはデネブの返事を待たずに部屋を出ていった。一人残されたデネブはひっそりと口角を持ち上げた。



「……やっぱりな」


 小さく呟いたAは通信機のボタンを押した。


『どうだった?』


「思ったとおりだ。警備員と……ターゲットを売ろうとしてた奴もやられてる」


 Aの目の前には何人もの人が倒れていた。


「屋上だ!」


『OK!』


 通信を切ったAはすぐさま駆け出した。



 Xは屋上で、盗んだ真珠を月にかざしていた。月光を受けた真珠が柔らかな光を発し、Xの顔を照らす。


「X!!」


 突然、Aが飛び込んできた。


 ハッとしたXはいつもの軽い笑みを作って振り返った。


「やあ、A君。残念だけど、今回も僕の勝ちみたいだね」


 懐から真珠を取り出して見せびらかす。


「俺達の負け? そうは思わないぞ?」


「え?」


 Xがきょとんとしたとき――Aが催眠弾を投げた。一気に煙が広がり、Xは慌てて煙を吸わないように袖で口と鼻を覆った。


 その時――煙の中からRが飛び出してきた。


「っ!?」


「ハアッ!」


 XはRの飛び蹴りをすんでのところで避け、下から右ストレートを繰り出した。Rはその拳をつかんでがら空きのXの右脇腹に蹴りを放った。


「!! ガハッ!」


 左に移動したXだったが、間に合わなかった。Rの蹴りをまともに食らったXはその場にしゃがみ込んだ。


「……ハハッ。やっぱり、にわか仕込みの武道じゃ、黒帯持ちには勝てないか……」


「いいから、真珠は返してもらうわよ!」


 Rは右手を差し出した。俯いていたXはRに見えないように薄っすら笑い、右腰に手を伸ばした。

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