第171話 胸騒ぎ

「え……?」


 瑠奈が首を傾げる。相賀はまだ癒えていない右腕の傷を押さえた。


「俺が、ケガなんかしたから……だからあいつ、責任感じて……」


「それは相賀のせいじゃ――」


「それに」


 相賀はうつむいたまま瑠奈の言葉を遮った。


「あいつがそれで悩んでたのに気づいてたのに、力になれなかった。対応が後手に回って……結局あいつは自分で自分を追い込んだ。その結果がこれだ。俺は、自分が許せない……」


『……気にするなって言っても、相賀のことだから気にするんだろうけどね』


 少しの間のあと、海音が口を開いた。


『後悔するより先に、やることがあるでしょ?』


「……ああ」


 フッと頬を緩ませた相賀はパソコンに向き直った。



(……くそっ、なんであんなに頭に来た……?)


 ベクルックスは長机に手をつき、うつむいていた。さっき翔太に言われた言葉。あれがずっと頭の片隅にある。


 いつもの自分なら「ふざけるな」と軽く一蹴するところなのだが。今回は怒りに任せて引き金を引いた。しかも、あれだけ撃てなかった頭に。


 ベクルックスは顔を上げ、翔太を振り返った。足元には小さな血溜まりができていて、うつむいてぐったりしている。


(頭の傷、予想以上に深いな……このままだと失血死になるか……?)


 思っていたよりも出血がひどい。


(……それでもいい、はずなのに)


 なぜか、胸騒ぎが止まらない。


(もしかしてオレは……高山の言うように……)


 そんな考えが頭に浮かんで、ハッとする。


「何考えてんだオレは……っ!」


 思わず自分の髪をつかんで叫ぶ。しかし、その考えは振り払えない。


「…………」


 ベクルックスは髪をつかんでいた手を力なく下ろした。


(……オレがおかしいのは、わかってる。だが……だからといって、どうすればいい……?)


 自分が何をしたいのか、何が嫌なのかすらわからない。


 ベクルックスは一人、うつむいた。



「何考えてんだオレは……っ!」


 ベクルックスの声で目を覚ました翔太は重い頭をもたげ、ぼんやりとする視界でベクルックスを見た。


(……何だ……今の……)


 頭が鈍く痛み、何も考えられない。頬に、生ぬるい感触がある。


(……伊月……)


 再び意識が遠のき、翔太は目を閉じた。



『……ごめん、だめだ』


 十五分後。海音の落胆した声が聞こえてきた。


『カメラを動かしてないんだ。多分、僕達が見るのを防ぐために……』


「そうか……」


 相賀はため息を付いた。


「仕方ない。何を仕掛けてくるかわからないけど、行くしかない」


 答えながら窓の外を見る。月はほとんど地平線に隠れている。


 ベクルックスから連絡が来てすでに一時間ほどが経過している。


(くそっ、もうそんなに時間が……翔太……!)


 もしかしたら、もう――


 そんな考えが、また頭をもたげる。


(ダメだ! そんなこと考えたら……! 絶対に、救い出すから……!)


 情報が何も無い今の段階では、ただ願うことしかできない。


 相賀は自分の不甲斐なさにギュッと拳を握りしめた。

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