第172話 ふと

 ふと思うことがある。自分の両親がスパイでなければどんなに良かっただろう、と。


(木戸君達と出会うことはなかった。でも……)


 家族とは今も幸せに暮らせていたはず。それに、皆を危険に晒すこともなかった。自分が怪盗になることもなかった。


(誰も僕と仲良くはしてくれてないかもな。けど、母さん達を失うのと比べたら、どうってことは……)


「…………」


 翔太はフッと目を覚ました。


 視界はぼんやりしているものの、頭は痛まない。圧迫感もない。


「――!?」


 ハッとして起き上がり、周りを見渡す。そこはあの廃墟の部屋ではなかった。どこまでも続く銀白の世界。


「これ……雪?」


 空からは白いものが舞い落ちていた。吐く息も白い。それなのに、寒さは感じなかった。雪の中に突っ込んでいるはずの手も冷たくない。


「ここ、どこだろ……」


 雪を見ると、どうしても思い出してしまう。血まみれになって倒れていた、家族の姿を。静かになった家に響いた、絶望の絶叫を。


 翔太は無意識の内に首にかかっているロケットに手を伸ばした――が、ない。


「えっ……あ、そっか」


 一瞬焦ったが、すぐに思い出した。あの屋上に落としたのだ。もちろん、わざと。


 Aの通信機を弾き飛ばしたとき、ロケットを一緒に投げたのだ。そんなつもりはなかったのだが、無意識にそうしていた。理由は、今でもわからない。


 だが、ロケットも自分と一緒にこの世から消えてしまうのは、自分の家族が生きていた事実も消えてしまうようで嫌だった。


「……バカみたいだな、僕」


 自虐的に呟き、雪の中に身を投げ出して仰向けになった。やはり冷たくない。


 誰も巻き込みたくないくせに、相賀達が近づいてくるのを許した。仲良くなってしまった。その結果がこれだ。


「もうどうでもいいや」


 舞い落ちる雪を眺めるオッドアイから、スッと光が消える。


 どうせ、もうこの世から消えるのだ。今更考えても仕方ない。


(向こうに行ったら、母さん達と、会えるのかな……)


 唐突に眠気が襲ってきた。包み込まれるような雪の感触に身を任せ、目を閉じたとき――


「翔太っ!!」


 相賀の大声が響いた。



 宇野のSUVは、ベクルックスに指定されたビルの近くに停まっていた。


「中がどうなっているのか、翔太がどこにいるのかもわからない。最大限警戒してくれ」


 サングラスをかけた怪盗Aが緊迫感に満ちた声で言うと、一同は頷いた。その表情にも緊張感が滲んでいる。


「宇野さん、ありがとうございました。危ないので、避難していてください」


「はい。 ……皆様、どうかご無事で」


 頷いたAは車を降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る