第145話 奥の手

「ハァ、ハァ、ハァ……」


 Rは激しく肩を上下させながら頬の切り傷を拭った。


「まさか……ここまで体力があったとはな。女のガキだと思って油断してたぜ」


 流石のベテルギウスも息を切らしている。


「あら、私が今までアルタイルとやり合ってたの知らなかったのかしら?」


 Rが軽口を叩く。


(ナイフも大分投げられた。そろそろ手持ちがなくなる頃だと思うけど……)


 無理やり突っ込んで戦っていたおかげで、Rは至るところに切り傷を作っていた。


(結構体術もできるけど、アルタイルほどじゃない。まだ、勝機はあるけど……)


 ベテルギウスがどんな奥の手を持っているかがわからない。けれど、皆無事だとわかったから、いくらかは安心して戦える。


「はああっ!」


 踏み込んだRはベテルギウスの腹に正拳突きを放った。しかし、ベテルギウスはその手をつかみ、振り回すようにして投げ飛ばした。


「くっ……!」


 壁にぶつかる直前でギリギリ踏みとどまったRは床を蹴ってベテルギウスの顔にパンチを放つ――と見せかけ、左手に握っていた催眠弾を投げた。


「っ!」


 ギリギリ避けたベテルギウスがバランスを崩し、Rはそのままパンチを食らわせた。


「ぐっ!」


 左頬にRの拳が直撃したベテルギウスは床を滑るように倒れた。


 着地したRは鋭い目でベテルギウスを睨みつけた。


「まだやる? 私は皆のところに行かなきゃいけないから、容赦しないけど」


「……ハハッ」


 床に仰向けになったベテルギウスは右手を額に乗せた。


「わかったよ、おれの負けだ。まさか、おれ自身の戦法で負けるなんてな」


 不意をついて暗器を使う。さっきまで自分が使っていた戦法だ。Rはそれに加え、その暗器を囮に使った。初めから避けられることを想定した罠だったのだ。


 一方、Rは潔く負けを認めたベテルギウスに面食らっていた。


「……どうした? 早く行けよ」


「……あなた、アルタイルとは違うのね」


「あ? あんな脳筋と一緒にするな。あの脳筋は自分が勝つまで戦う。おれはそこまで意地張ってねえよ。負けは負けだ」


「……そう」


 頷いたRは踵を返した。


「あ、悪い、ちょっと」


 と、ベテルギウスがRを引き止めた。


「フォーマルハウト。あいつは相手に情けをかけることを知らねえ男だ。殺すと決めた相手はいくら命乞いをされても構わない。早くしねえと、マジで殺されるぞ。――Xが」


「っ……!?」


 ハッと息を呑んだRは即座に走り出した。


「……ま、情けをかけないのはあいつもだけどな……」


 ベテルギウスは仰向けになったまま、自分より年下の、最近様子がおかしい幹部を思い浮かべた。



「Rもベテルギウスを倒した! 後は……」


 Kはあるウインドウを見た。そこには、シリウスに対して防戦一方のTと、まだ倒れているUが映っている。


 その時、画面に開いているウインドウにノイズが走った。


「――! まずい、妨害され始めてる!」


「え!?」


「ワクチンが完成間近なんだ! 皆! もう保たないかもしれない!」



「……やっとか」


 パソコンの画面を見たデネブはフッと息を吐いた。画面には英単語や数字がズラリと羅列している。


 デネブはパソコンのエンターキーを叩いた。画面の中央にプログレスバーが現れ、どんどん伸びていった。

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